第8話 カウントダウンの始まり
真壁の完成させた装置がどこに設置されるのか、相沢は独自の調査でついに突き止めた。プロフェットの中枢データセンターの真下、数十年前に放棄された旧地下鉄の構内。都市の心臓部の直下に、それを止めるための装置が組み上げられていた。
その夜、相沢は自室のテーブルに資料を広げたまま、夕食を食べる気力もなく、コンビニで買った肉まんを片手で持って齧った。冷めていた。
これを止める方法は、原理的には一つしかなかった。会社に報告し、桐生の主導する対処班を突入させる。だがそれは同時に、真壁だけでなく、あの地下に集うデジタル野良たち、そして単なる流行に乗っただけの罪のない市民たちまで、まとめて「ノイズ」として排除される未来を意味していた。
かといって、放置すれば都市機能そのものが崩壊する。無関係な人間が、確実に死ぬ。
相沢はスマートフォンを取り出し、桐生の連絡先を開いた。発信ボタンに指を置いたまま、数分間、動かせなかった。
一度、発信ボタンを押した。呼び出し音が一回鳴った。相沢は即座に通話を切った。
会社支給の端末を手に取り、しばらく見つめた。この端末が、自分の一挙手一投足をプロフェットに送信し続けてきた。今夜、これから地下へ向かう自分の行動もまた、この端末を通じて桐生に筒抜けになる。相沢は洗面所へ行き、鏡の前で、端末を強く床に叩きつけた。画面に蜘蛛の巣状のひびが走った。それでも壊れきらず、電源ランプが点滅していた。相沢はもう一度、今度は踵で踏みつけた。プラスチックの割れる乾いた音がして、ようやくランプが消えた。
手が震えていた。会社の資産を、自分の意志で物理的に破壊したのは初めてだった。プロフェットに管理された自分の生活の中で、これほど明確に「取り返しのつかないこと」をしたのも初めてだった。壊れた端末の破片を見下ろしながら、相沢は自分の中で何かが決定的に変わったのを感じた。
私物のスマートフォンだけをポケットに入れ、相沢は懐中電灯を手に玄関へ向かった。靴を履く手が、少し震えていた。ドアノブに手をかけたところで、相沢は一度だけ振り返り、誰もいない部屋を見た。壊れた端末の破片が、床に散らばったままだった。
旧地下鉄の入口には、錆びついたシャッターの隙間があった。誰かが最近くぐった痕跡が、埃の上にうっすらと残っていた。相沢はその隙間に体をねじ込み、暗闇の中へと足を踏み入れた。
湿った空気が肌にまとわりついてくる。かび臭さと、微かな金属の匂い。奥へ進むほど、その匂いは強くなっていった。ポケットの中、私物のスマートフォンには、桐生からの着信履歴が何件も溜まっていた。さっきの一秒だけの着信を、桐生は折り返してきていた。相沢はそれを一顧だにせず、電源ごと切った。
もう後戻りはできない。相沢は階段を下りながら、そう自分に言い聞かせた。暗闇の奥から、微かな機械音が漏れ聞こえてきた。
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