第6話 旧友との再会
裸電球の明かりの範囲に入った瞬間、その顔がはっきりと見えた。相沢は動けなくなった。
真壁修一。
五年という歳月は、その顔に深い皺と、痩せこけた頬を刻みつけていた。だが目つきだけは、相沢の記憶にあるものと寸分違わなかった。
「久しぶりだな、相沢」
相沢と真壁は、かつてプロフェットの黎明期を共に作り上げた仲だった。五年前、真壁は分厚い提案書を作成し、当時プロジェクトのリーダーだった相沢に提出した。その資料には、後にノイズ買いとして噴出することになる現象の萌芽が、すでに理論として記されていたはずだった。
相沢はあの時、確かにその資料を読んだ。読んだ夜、家に帰ってからも、資料のコピーをリビングのテーブルに広げたまま、缶ビール片手に何度も読み返した記憶がある。読み終えたのは深夜二時過ぎだった。
「お前、あの時ちゃんと読んだのか、俺の資料」
真壁が一歩、間合いを詰めてきた。相沢は答えなかった。答えを持っていなかったわけではない。持っていたが、それを口にする勇気が出なかった。喉の奥まで言葉が上がってきて、そこで止まった。
真壁は待っていた。長い沈黙だった。相沢は目を逸らさなかった。それだけが、今の自分にできる精一杯の誠実さだった気がした。
真壁が先に沈黙を破った。
「答えなくていい。お前の顔を見れば分かる」
その言葉は、相沢が実際に言葉で答えるよりも、ずっと鋭く胸に刺さった。
真壁は何も言わず、棚から使い捨てカイロの箱を一つ取り、軽く振ってから、また元の位置に戻した。ただそれだけの動作だった。日用品を確かめるような、あまりにも自然な仕草。相沢はその何気なさに、かえって背筋が寒くなった。この男は、もう長い間、恐ろしいものを日用品として扱う生活に慣れきっている。
真壁は棚に並んだ部品の山を、今度は手で示した。
「見ての通りだ」
「なぜ、こんなことを」
相沢が尋ねると、真壁はすぐには答えなかった。代わりに、部品の一つを手に取り、配線を確かめるように指で辿った。作業をしながら、独り言のように呟いた。
「三三一七番の男の部屋を見ただろう。あれが答えだ」
それだけだった。相沢はもっと長い説明を予想していたが、真壁はそれ以上、思想を語ろうとはしなかった。ただ黙々と、部品の点検を続けていた。相沢はその沈黙の重さに、演説よりも強い何かを感じた。
「お前が握りつぶしたあの資料の続きを、俺は五年かけて完成させた」
真壁は作業の手を止めずに言った。
「今度は誰にも止めさせない。お前にもだ」
相沢は言葉を返せなかった。かつての同僚であり、自分が見捨てた過去の亡霊でもある男の背中を、ただ見ていた。相沢はふと、自分の足元を見た。今朝、何も考えずに履いてきた靴は、プロフェットが半年前に推奨してきた最新モデルだった。真壁の履き潰されたスニーカーと、自分の真新しい靴。その対比だけが、妙に生々しく目に焼き付いた。
そして相沢は、自分がまだ真壁に対して、五年前のことを一言も謝っていないことに気づいた。謝る機会は、今、目の前にあった。だが相沢は、結局その言葉も、口にすることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます