第3話 ガチャ生きの発生


「ノイズ買い」という言葉が社外に漏れた経路は、結局分からずじまいだった。二週間も経たないうちに、その言葉はSNS上で独自の生命を持ち始めていた。


相沢はその拡散を、通勤電車の中で偶然知った。隣に座った学生らしき二人組が、スマホの画面を見せ合いながら「これ完全にノイズ買いじゃん」と笑い合っていた。相沢は自分がつけた名前が、見ず知らずの他人の口から出てくることに、妙な居心地の悪さを覚えた。


出社してすぐ、相沢はある動画に行き当たった。「ガチャ生きジェネレーター」なるアプリの紹介動画だった。人生の重大な選択肢を入力すると、アプリがルーレットのようにランダムな結果を弾き出す。インタビューに答えていた若者は、プロフェットが「治安リスク:高」と警告する路地裏の居酒屋の前で笑っていた。


「危険は承知の上っすよ。プロフェットが絶対安全って言う場所に行っても、何も感じないから」


相沢はその目に、宇田川のリビングに積まれていたガラクタの山と、同じ種類の飢えを見た気がした。


昼になり、プロフェットが相沢のデスク端末に「本日のランチ推奨」を表示した。いつもなら考えるまでもなくタップして予約を確定させる操作だった。相沢はその日、あえてどのボタンも押さなかった。推奨も、代替案も、何も選ばず、通知を画面に表示させたまま、ただ席を立った。結局昼食は取らなかった。空腹のまま午後の会議に出た。何かを選ぶことよりも、何も選ばないことの方が、はるかに神経を使う行為だと初めて知った。


朝会で、相沢はガチャ生きの動画を分析チームに共有した。反応は薄かった。「まあ若者の一過性のブームでしょう」という声が大半だった。


「相沢、お前のチームで今すぐこのバグの根を止めろ」


朝会の後、上司が会議室で声を張り上げた。会議が終わり、廊下に出たところで、桐生が横に並んできた。


「上は甘い。俺は別案を出した。ノイズ買いの傾向を示すユーザーに、信用スコアの制限をかける」


「人間を檻に入れる気か」


相沢が思わず声を尖らせると、桐生は足を止めた。だがすぐには言葉を返さず、廊下の窓の外をしばらく眺めていた。


「もう十分檻の中だろう、みんな」


そう言って、桐生はまた歩き出した。相沢は追いつこうとしたが、途中で足を止めた。


夕方、プロフェットからまた通知が来た。「本日の夕食推奨」。相沢は今度もそれを開かなかった。空腹は限界に近かったが、開かないという選択そのものに、なぜか意地を張っていた。結局、コンビニで何も考えずに手に取ったのは、いつも買っているのと同じ銘柄のおにぎりだった。何も選ばないつもりが、結局いつもと同じものを無意識に選んでいた自分に、相沢は乾いた笑いがこみ上げた。抵抗しているつもりで、何も変えられていない。


窓の外を見下ろすと、ビルの合間を縫う道路に、目的地の分からない足取りで歩く人々の姿がちらほら見えた。プロフェットの推奨ルートから外れて、あえて遠回りをしている人間たちだ。街の秩序が、確かに、少しずつ崩れ始めていた。


この狂騒には、明らかに仕掛け人がいる。相沢はその予感を、まだ誰にも言葉にできずにいた。

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