第2話 最適化の檻
宇田川の葬儀は、密葬という形で静かに行われたらしい。相沢はそれを、参列者リストの更新通知で知った。
その週末、相沢の母から電話がかかってきた。「元気にしてる?」という定番の問いに、相沢は「うん、変わりないよ」と即答した。噓だった。宇田川のこと、真夜中まで一人でログを追っていること、何一つ話さなかった。話す必要もないと思っていたはずなのに、電話を切ったあと、相沢はしばらくスマホの画面を見つめたまま動けなかった。母に嘘をついたのはこれが初めてではない。だが、これほど後味の悪い嘘は久しぶりだった。
月曜、相沢は深夜のオフィスに一人残り、宇田川の三週間分のログをもう一度、時系列の物語として洗い直していた。死の三週間前を境に、宇田川の行動には奇妙な規則性が生まれていた。プロフェットが「本日のおすすめ」として提示する商品を必ず確認した上で、決まってその真逆のものを選んでいた。
推奨された高級コーヒー豆を確認した直後に買われていたのは、賞味期限切れ寸前の格安缶詰。推奨された機能性シューズを見た三十分後に買われていたのは、サイズの合わない古着屋の革ベルト。
相沢はグラフを目で追いながら、社内チャットに後輩から届いていたメッセージにふと目を留めた。「相沢さん、今日のミーティング資料、確認できてますか?」という問いに、相沢は「確認済みです、大丈夫です」と返信した。実際にはまだ半分も見ていなかった。返信を送った直後、相沢は自分がまた噓をついたことに気づいた。理由もなく、確認もせずに「大丈夫」と口にする。プロフェットが常に正確な情報を求める社会で、この小さな噓だけが、なぜか自分の意志で選べる唯一の行為のように感じられた。
宇田川がやっていたことの、ほんの縮小版を自分もしている。そう気づいた瞬間、背筋が冷たくなるより先に、妙な可笑しさがこみ上げてきた。
相沢はこの現象に、社内向けの分析レポートの片隅で、仮の名前をつけた。
「ノイズ買い」
タイピングした指を止め、しばらくその四文字を見つめた。
「名前をつけてやる必要があるか」
声がして、相沢は肩を震わせた。桐生だった。缶コーヒーを片手に、相沢の背後に立っていた。
「別に、意味はない。ただの分類用のラベルだ」
「ラベルをつければ、それは輪郭を持つ。輪郭を持てば、人は情がわく」
桐生はそう言いながら、缶コーヒーのプルタブを開けた。だがそのまま口に運ばず、ただ手の中で回し続けていた。
「お前、宇田川の担当を外れたいなら、上に言えばいい」
「外れたいわけじゃない」
「じゃあ何だ」
相沢は答えられなかった。桐生はしばらく待っていたが、答えが返ってこないと分かると、缶コーヒーを一口だけ飲んで、それ以上は何も言わずに自分のデスクへ戻っていった。
タイピングを再開しようとした瞬間、モニターの端の異常検知グラフが跳ね上がった。相沢は手を止め、画面を凝視した。宇田川と同じ購買パターンを示すユーザーが、都内の複数エリアで、ほぼ同時多発的に増加し始めていた。
一人の異常ではなかった。相沢は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。天井の照明の一つが、ずっと前から微かにちらついている。誰も直そうとしない。相沢はそのちらつきを見ながら、今日ついた二つの小さな嘘のことを思い出していた。母への嘘。後輩への嘘。どちらも、誰の役にも立たない、無意味な嘘だった。宇田川のガラクタの箱と、自分がついた嘘。似ているような、似ていないような、判然としない感覚だけが胸に残った。
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