第2話:嘘つきたちのラプソディ

放課後のA組の教室は、文字通り嵐のような熱気に包まれていた。

事の発端は、クラスのトップカーストグループが始めた他愛のないゲーム。その罰ゲームの矛先が、まさか学校一の美貌を持つ雪代詩織に向かうとは、誰も思っていなかったのだろう。


「いや、マジだって! ルールはルールだし、雪代、誰かに『嘘告(うそこく)』してきてよ!」


中心にいるイケメン男子が、面白がるように声を張り上げる。周囲の男女もクスクスと笑いながら、その様子を囃し立てていた。

ただの冗談だと思って苦笑いを浮かべていた詩織だったが、彼らが本気だと知ると、その綺麗な眉をきゅっとひそめた。


「……ダメだよ、そんなの。嘘で告白するなんて、絶対に駄目。人を傷つけるようなこと、私にはできない」


毅然とした、けれどどこか怯えを孕んだ声で詩織は固辞する。誰にでも優しい彼女にとって、他人の心を弄ぶような真似は耐え難い苦痛だった。

しかし、イケメン男子は引かない。「冷めるわー」「ノリ悪いって」という空気の圧力が、じわじわと詩織を追い詰めていく。


見かねた詩織の親友である間宮杏奈が、間に入るようにして手を挙げた。

「じゃ、じゃあさ! 嘘告がダメなら、『一ヶ月のお試し』で本当に付き合えばいいんじゃない? 嘘は言わずにさ。それなら誰も傷つかないし、折り合い付けられるでしょ?」


その提案に、イケメン男子たちは「あー、それならアリかも」「一ヶ月限定ね」としぶしぶ了承した。断りきれない空気に飲まれ、詩織は青ざめた顔で小さく頷くしかなかった。


――その様子を、廊下の物陰から静かに見つめている影があった。

綾瀬湊だ。鞄を肩にかけ、アニメのキーホルダーを揺らしながら、彼は内心で深く感心していた。


(さすが雪代さんだな。噂通り、本当に誰にでも優しくて誠実な人なんだ。……それにしても、そんな彼女と一ヶ月でも付き合える男子は、一体どこの果報者なんだろう。羨ましい限りだね)


他人事のようにそう呟き、湊はいつものように、自分の体内で燻る鈍い痛みを隠すようにして、ゆっくりと歩き去った。


ーーー


翌日の放課後。呼び出された夕暮れの中庭で、湊は心の中で激しくずっこけていた。


(いや、ターゲットは僕なんかいっ!?)


目の前には、緊張で顔を強張らせた雪代詩織が立っている。夕日に照らされた彼女の美貌は息をのむほどだが、その瞳はひどく揺れていた。


「あの……綾瀬くん。好きとか、そういうんじゃないんだけど……。君に、興味があるから、一ヶ月付き合ってみない?」


必死に紡ぎ出された、嘘のない言葉。

湊は一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに自分の置かれた状況をラノベの主人公のように客観視し、フッと笑った。


「いいよ! 僕も好きとかそういう感情はまだないけど、学校でも有名な雪代さんと期間限定でも付き合えるなら、断る理由なんてないしさ」

「えっ……いいの?」


あまりにあっさりとした快諾に、詩織が大きな目を丸くする。


「もちろん。じゃあ早速、一緒に帰ろうよ!」

「……うん」


戸惑いを隠せない詩織を促し、二人は並んで歩き出した。


ーーー


校門を出てしばらく歩く。二人の間には、緊張した沈黙が流れていた。

湊は、背後にいくつかの気配を感じていた。トップカーストの連中が、物珍しそうに後を尾けてきているのだ。


湊は少しだけ詩織に歩み寄り、周囲に聞こえないような小声で話しかけた。

「……実はさ、昨日の教室での話、廊下の陰から聞いてたんだ」


「えっ!?」

詩織が弾かれたように足を止め、驚愕の表情で湊を見つめる。


「知って、たのに……引き受けてくれたの? 罰ゲームだって、分かってたのに?」

「うん。だって、僕がさっき言ったことに『嘘』はないよ? 雪代さんも、僕に『嘘』は言ってないでしょ?」

「それは……そう、だけど……っ」


詩織は痛ましそうに顔を歪め、視線を地面に落とした。

「ごめんなさい……! 嘘は言ってないけど、どうしても固辞しきれなかった私が悪いの。綾瀬くんを、巻き込んじゃって……」


ぎゅっと拳を握りしめ、自分を責める彼女。

そんな彼女の頭上から、湊の軽やかで、どこか温かい声が降ってきた。


「まあいいじゃない! そんな暗い顔、雪代さんには似合わないよ」

「え……」

「もう気にしないで。一ヶ月、付き合って良かったって楽しんでもらえるように、僕も頑張るからさ!」


湊はそう言って、悪戯っぽく笑ってみせた。

彼にとって、残された時間はあとわずかだ。だからこそ、他人の悪意やくだらないカーストに怯える時間は一秒だって惜しかった。どうせなら、この綺麗なヒロインと過ごす最後の日常を、全力で楽しみたい。


「まずは、連絡先交換してくれる?」

湊がスマートフォンを差し出すと、詩織の瞳に溜まっていた涙が、すっと引いていった。


「――うん、もちろん!」


初めて詩織の顔に、本物の小さな笑顔が咲く。

二人のスマートフォンの画面が、夕暮れの街の中でピコんと小さく光った。

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