第12話 常連客からの情報収集
数日後、ダリオたちのパーティが、いつものように月下温泉宿を訪れた。今回は湯を楽しむだけでなく、アルドから頼まれていた「情報収集」も兼ねての来訪だった。開業から一か月余り、すっかり顔馴染みとなった彼らとのやり取りにも、当初のぎこちなさはもう残っていない。
「聞きたいことがあるってのは、これか」
湯上がりの一室で、ダリオが早速切り出した。湯気の残る髪を無造作に拭きながら、寛いだ様子で椅子に腰を下ろす。すっかり常連の顔つきになった彼を見ていると、初めて訪れたあの日の警戒心が嘘のようだった。アルドは頷きながら、率直に用件を伝えた。
「ああ。今のところ、うちに来てくれる客はお前らみたいな、このギルド周辺の連中が中心だ。だが、この先客が増えてきた時、他の地域からどれだけ見込めるのか、正直読めなくてな」
「なるほどな……」
ダリオは腕を組んで考え込んだ。
「まず、俺たちのギルドについて言えば、B級以上の登録者数は、そう大きくは増えねえよ。国内でも指折りの規模だが、それでも頭打ちに近い状態だ。新人がA級、B級まで育つには、それなりの年月がかかるからな」
「具体的に、どれくらいの人数がいるもんなんだ」
「B級以上に絞れば、うちのギルドだけで百人ちょっとってところだな。国内全体でも、精々その数倍ってとこだろう。しかも、その全員がここまで足を運んでくれるわけじゃねえ」
数字を示されると、規模の限界がより現実味を帯びて感じられた。アルドは黙って頷きながら、頭の中でその数字を反芻する。
「やっぱりそうか」
「ただ、他の地域の話も聞くぜ。隣国のギルドからも、噂を聞きつけて問い合わせが来てるらしい」
思いがけない情報に、アルドは身を乗り出した。
「隣国から?」
「ああ。噂ってのは、思ってるより速く広まるもんだ。特に、俺たちみたいに実際に効果を実感した連中の口コミは、下手な宣伝より効くらしくてな」
湯上がりで火照った顔のまま、ダリオはしみじみと語った。
「俺たちが最初にここに来た時のこと、覚えてるか。半信半疑で、正直、怖々足を踏み入れたもんだ。それが今じゃ、周りに自慢げに吹聴して回ってるんだから、我ながら現金なもんだよ」
その言葉に、アルドも思わず苦笑した。あの日の緊張した面持ちが、今では嘘のようだった。
同席していたエルフの魔法使いも、話に加わった。
「俺の知り合いのパーティも、遠征がてら寄ってみたいって言ってたぞ。噂を聞いて、わざわざ足を延ばす価値があると思われてるってことだ」
「具体的に、どのあたりの連中なんだ」
「隣国の王都を拠点にしてる連中だな。あそこも冒険者の数自体は多いギルドだが、これといった目玉になる施設がなくてよ。ここの噂が届いた途端、随分と盛り上がってるらしいぜ」
ドワーフの盾役も、記憶を辿るように言葉を継いだ。
「そういや、俺の実家がある町のギルドでも、ここの話題で持ちきりだって聞いたな。あそこは辺境寄りだから、実際に来られる連中は少ないだろうが、噂だけは着実に広がってる」
具体的な数字は分からないながらも、地域を跨いだ需要の広がりを示す手応えのある情報だった。アルドは真剣な面持ちでその一つ一つを頭に刻んでいく。
「もっとも、遠くから来るとなりゃ、日帰りは難しいだろうな。宿泊込みで考える連中が増えるはずだ」
アルドの呟きに、ダリオが頷いた。
「そうだな。俺たちみたいに気軽に日帰りできる距離とは、また事情が違ってくる。連中からすりゃ、下手すりゃ一生に一度の贅沢になるかもしれねえ」
その言葉に、アルドは背筋が少し伸びる思いがした。気軽な口コミの広がりの裏には、それぞれの客にとっての重みが存在する。一組一組との出会いを、決して疎かにはできない。
「遠方から来てさらに迷宮攻略でより一層疲弊している客には、何か特別な配慮が必要かもな。長旅の疲れを癒す何か、とか」
アルドの呟きに、ダリオも興味深そうに身を乗り出した。
「それはいいな。長旅明けの身体に効く、何か特別な処置とかあるのか?」
「まだ思いつきの段階だが、今度フィリシアにも相談してみる。せっかく来てくれるんなら、期待以上のもんを持って帰ってもらいたいからな」
「そういう心意気、嫌いじゃねえよ」
ダリオが豪快に笑った。他の仲間たちも、口々に賛同の声を上げる。話は次第に、具体的な施策の案出しへと発展していった。
「助かる。この情報、フィリシアにも共有させてくれ」
「構わねえよ。それより、今度はうちのギルド長が実態を知りたいとして自ら出向くんで、大人数の宴会プランも試してみたいんだが、相談に乗ってくれるか?」
「大人数、ってどれくらいだ」
「A級、B級冒険者グループ過半数に参加強制依頼出していたから五十人は下らねえと思うぞ。ギルド長も本気だ」
冷静に考えれば、当然の措置でもあった。この温泉宿は、あくまで危険な迷宮を突破した先にある施設だ。並みの人間には、辿り着くことすら叶わない。ギルド長自らが視察に赴くとなれば、道中の安全を確保できるだけの実力者を、これでもかと引き連れてくる他ない。娯楽施設への物見遊山であっても、そこに至るまでの過程だけは、決して気の抜けるものではないのだ。
思いがけない規模の話に、アルドは内心で算段を巡らせた。会場の広さ、料理の量、そして人員の配置。決して簡単な話ではないが、実現できれば、施設としても大きな一歩になる。
「もちろんだ。むしろ願ったり叶ったりだよ。詳しい日取りが決まったら、すぐ連絡くれ」
ダリオの提案に、アルドは思わず笑みをこぼした。情報収集のつもりが、思いがけず新たな商機にも繋がりそうな気配だった。
その夜、アルドは早速フィリシアに、聞き取った内容を報告した。
「隣国からの問い合わせ、か。予想していたより、話は早く広がっているようですね」
フィリシアは手元の資料に、聞き取った内容を丁寧に書き加えていく。
「現状の数字も、参考までにお伝えしておきます。魔族や魔物のお客様も含めれば、一日平均およそ五百名ほどのご利用をいただいております。その八割以上が魔族や魔物のお客様で、冒険者様は二割ほどですね」
「……五百人、そんなにか」
思いがけない規模の数字に、アルドは軽く目を見張った。開業当初の慌ただしさを思えば、隔世の感すらある。
「はい。割合としては冒険者様の方が少数ですが、その分の魔力滞留による恩恵は、非常に大きなものとなっております」
「……ってことは、冒険者の客がもっと増えりゃ、単純にその分だけ利益も伸びるってことか」
「その通りです。だからこそ、冒険者様の来訪数を今後どう伸ばしていくかは、決して軽視できない課題ですね」
フィリシアの言葉に、アルドは改めて気を引き締めた。今はまだ全体の二割に過ぎない冒険者の客が、将来的にどれだけ増えるか。その一つ一つの積み重ねが、この温泉宿の未来を左右していくのだろう。ダリオたちのような常連の存在が、単なる懐かしい繋がり以上の意味を持つのだと、改めて実感させられる思いだった。
「B級以上の登録者数についても、貴重な情報です。国内のギルド全体を合わせても、そう膨大な数にはならないという見立ては、今後の拡張計画を考える上で、重要な基準になりますね」
「ああ。とはいえ、まだ具体的な数字で語れる段階じゃねえ。もう少し様子を見ながら、拡大のタイミングを見極めていこう」
「同感です。それと、宴会プランのお話も伺いました。五十人規模となると、会場の確保だけでも一工夫必要ですね」
「だな。今の食事会場じゃ、ちと手狭かもしれねえ。かといって、そのためだけに新しい会場を作るってのも、時期尚早な気がする」
「既存の会場を、時間帯によって使い分ける形も検討できます。詳しい日取りが決まり次第、具体案を詰めていきましょう」
「それと、料理の量も気になるところだな。五十人分ともなりゃ、いつもの仕込みじゃ足りねえかもしれねえ。ドルグにも早めに相談しとかねえと」
「ええ。仕込みの手配には、それなりの日数を要するでしょうから、早めの調整が肝要ですね」
フィリシアの言葉に、アルドは頷きながら手元の資料に書き加えていった。宴会プランという新しい試みは、単に人数の多さだけでなく、料理の仕込みから配膳の動線まで、これまでとは違った視点での調整が求められる。それでも、大きな挑戦であるほど、成功した時の達成感も格別なものになるはずだった。
「警備の面でも、大人数の来訪となれば、いつも以上に目を配る必要がありますね」
「バルガにも早めに伝えとく。あいつなら、張り切って準備してくれるだろうよ」
そう言って、アルドは小さく笑った。頼れる仲間たちの顔を思い浮かべながら、一つ一つの課題を着実に片付けていく。その積み重ねこそが、この温泉宿を支える確かな土台になっているのだと、アルドは改めて実感していた。
てきぱきと話をまとめていくフィリシアの様子に、アルドは小さく息を吐いた。情報が一つ集まるたびに、次にやるべきことが見えてくる。地道な積み重ねではあるが、確かな手応えを感じられる作業だった。
「承知いたしました。引き続き、情報収集を続けましょう」
こうして、常連客たちとの何気ない会話の中から、月下温泉宿の未来を占う貴重な手がかりが少しずつ集まり始めていた。
夜も更け、資料をまとめ終えたフィリシアが、ふと手を止めて呟いた。
「ダリオ様たちのような常連のお客様の存在は、本当に大きいですね。数字には表れない、生きた情報をこうして分けてくださる」
「ああ、まったくだ。あいつらには頭が上がらねえよ」
アルドは窓の外――正確には、投影された地上の夜空を見つめながら、静かにそう答えた。かつての戦友たちが、今はこうして自分の仕事を支えてくれている。その巡り合わせに、改めて感謝の念が湧いてくる。
「明日からも、少しずつ積み上げていこう」
「はい。焦らず、着実に」
二人の言葉に、これからの月下温泉宿の歩みが、確かな輪郭を帯びていくのだった。
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