第7話

 巻き藁の役目は、二十回斬られたあとで終わった。

 アッシュの攻撃は多彩で、どこから切り込まれるのかまったく読めないこともあった。

 あれだけ動いていたにもかかわらず、アッシュは息が乱れていない。僕の方は指輪のおかげで痛みもなかったというのに、全身に嫌な汗をかいていた。

「気づいたことを言ってみろ」

「アッシュさんは、剣の達人ですね」

「俺が訊いているのは、自分自身の弱点がわかったかどうかだ」 

 正直なところ、圧倒的な実力差を見せつけられただけだ。

「僕が弱いのはわかっています」

 アッシュは左手で額を押さえながら「質問が悪かった。訊いているのは、『勇者の弱点』に気づけたかどうかだ」と言い直した。

「僕個人ではなく、ということですね?」

 僕は今まで目にしてきた勇者たちを思い浮かべた。

 勇者は誰でもなれるものではない。九振りの特別な剣のどれかに選ばれた者が勇者と呼ばれるのだ。現在の勇者は五名。勇者狩りに遭った者の後継がまだ決まっていないからだ。

 勇者の持つ剣はどれもロングソードだが、そのことが弱点になり得るだろうか。引退した勇者や先輩勇者に、稽古をつけてもらったこともある。皆、魔獣を一撃で倒せる実力者ばかりだった。

 一つ思い当たるのは……。

「勇者の中には、アッシュさんのように動きの速い人はいませんでした」

「なぜだと思う?」

「剣も装備も重いからでしょうか?」

「それもあるが、勇者にはスピードではなくパワーが求められるからだ」

 魔獣は大きく堅い毛で覆われている。そして、それほど動きが速くない。

「魔獣は脅威ではあるが動きは単調だろう? 知能が低いからな」

 勇者狩り……頭では人の仕業だとわかっていたが、魔獣との決定的な違いを突きつけられ、己に迫り来る危機が具体的に浮かび上がってきた。

「人の体は脆いもんだ。暗殺者の短剣であっけなく命を奪われるほどにな」

「肝に銘じます」

 最初の攻撃をまともに食らえば、そこで死んでしまいかねない。

 次の訓練の指示は、反撃しようとせず、アッシュの攻撃をただひたすら剣で受けるというものだった。

 剣と剣がぶつかり金属音が響く。アッシュの攻撃は一撃一撃は軽いかもしれないが、とにかく手数が多いのだ。

 できる限り指輪に頼らないようにしたかった。しかし、剣で受けるのも簡単ではなかった。これまで重いとは感じていなかったが、イメージ通りに動かせない。

 アッシュは、僕が対応できる程度に抑えてくれているが、まともに受けられない。

「討伐以外では、軽めの剣に変えたほうがいいでしょうか?」

 思わずアッシュに訊いていた。

「いや、頑丈さも大切だからな。このままがいい」

 たしかに、折られてしまえばそこで終わってしまう。

 訓練が始まるまでは、日没まではまだたっぷり時間があると喜んだが、考えが甘かった。

 剣を速く動かそうとするものだから、いつも以上に手首に負担がかかっていた。

「少し休め」

 アッシュから、水筒と丸薬を渡された。真っ黒でいかにも苦そうだ。おまけに奇妙な刺激臭がする。

「疲労回復の妙薬だから我慢して飲むんだ」

 僕は息を止めて、丸薬を口に放り込んだ。

「よく噛むんだぞ」

 アッシュの言葉に狼狽えて目を見開いた。みるみるうちに苦みが口に広がっていく。これを噛むのは、苦行でしかない。目を閉じ、丸薬に歯を当てた。

「まあ、冗談だがな」

 アッシュの言葉は間に合わず、僕は丸薬を噛みつぶしてしまった。

「ぐうぅぅぬ」

 抗議したかったが言葉も出せない。

 水筒の水を飲み干してもまだ苦みが残っていた。

「俺は少し狩りをしてくるから、しっかり体を休めておけ」

 言うやいなや、アッシュはそのまま姿を消した。

 鍛錬を積めば、人はあそこまで速く動けるようになるものなのか。不思議でならない。

 転がっていた倒木に、腰掛けた。空を見上げる。

 雲一つない澄んだ空だった。

 アベルはなぜ、僕を呼び出したのだろう。そして、なぜアッシュに僕の訓練を頼んだのだろう。

 やはり、勇者狩り対策のためだろうか。もう何年も会っていないから、アベルの考えがわからなかった。

 僕が死ぬ未来を見たのは、アッシュではなくアベルなのではないかと、疑問が湧いた。

 だいたい、僕と面識のなかったアッシュが未来を知ったからといって、僕を特定し目の前に現れたと考えるのには無理がある。

 アベルがいたのは魔塔だ。未来を視る魔道具や秘術があっても不思議ではない。

 今置かれている状況に納得はできたが、僕が一週間後に死ぬ確率は数倍に跳ね上がった。休んでいる場合ではない。焦りが抑えきれず、立ち上がった。

 僕は手首を回して、回復度合いを確認した。丸薬が効いたのかもう痛みは引き、違和感もない。

 僕は剣を構え、アッシュの動きを思い浮かべた。すべては追い切れていないので、断片をつなぎ合わせ、一つの動きとして再生してみた。

 歴代勇者が伝承していく剣術の型とはまったく異なる、剣の軌跡。まるで風の流れのようだった。

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