第6話

「うわっ」

 僕は何かに弾かれ、後ろに飛ばされた。さっき見た剣先が脳裏に焼きついて離れず、心臓は早鐘を打っていた。アッシュに攻撃を仕掛けられたのは確かだ。僕は素早く体勢を整えながら、剣を抜いた。

「その指輪はなかなか性能がいいな。命拾いしたじゃないか」

「防御の指輪で防げなかったらどうするつもりだったんですか」

「お前が片目を失っていただろうな」

 アッシュは悪びれもしない。むっとはしたが、急襲に対処できない自分にも問題がある。本物の刺客が送り込まれれば、不満を抱く間もなく命が尽きるのだ。

「まずお前に足りないのは、警戒心だ。加えて、動きが遅いんだから、何度でも死ねる」

 ぐうの音も出なかった。

「では、指輪が何度まで機能するか試すとするか」

「えっ?」

 腕に痛みが走った。

「待って、うぐっ」

 次は腹だ。出血はしていないがそれなりに衝撃がある。アッシュが無言で次々と攻撃を仕掛けてくる。

 僕には、アッシュの動きはほとんど見えていない。ただ四方八方から衝撃が来る。せめて倒れないようにと、踏ん張った。

 アッシュは、攻撃を止めてくれない。

 僕はアッシュの動きを捉えようと感覚を研ぎ澄ませた。

 衝撃よりも先に、アッシュが地面を蹴る音が聞こえる。しかし、どの方向から剣が来るのかまではわからない。

 何回、アッシュの攻撃を受けただろうか。

 まだ一度も、剣の軌道が見えていなかった。   

 僕はいつまでも指輪に守られていてはいけないと必死でアッシュの動きを追おうとしていた。それなのに、アッシュがいる方向に顔を向けても、一瞬にして消えてしまう。

「もっとよく見るんだ」

 アッシュがやっと助言をくれた。

「見ようとしています」

「いや、見ていない」

 見ていないのではなく、見えないのだ。アッシュほど速い相手とは、剣を交えたことがなかった。悔しさに歯を食いしばった。

「目で追おうとするな。ただ見るんだ」

 ただ見る。言葉のままなのだとしたら……。

 僕は剣を構えたまま、正面を見据えた。アッシュはわざわざ僕の視界に入ってきた。

 アッシュが地面を蹴った。

 剣が迫ってくる。僕の予想よりも速い。アッシュが剣をまっすぐ突き出してきた。僕はわずかに顔を左へ逸らした。

 頬に痛みが走った。

「おっと、指輪の効果が切れたな」

 頬が濡れていく。アッシュが僕の頬に手を伸ばしてきた。

「こりゃ、避けてなければ口が裂けていたな。危ないところだった」

 背筋に寒気が走った。

 アッシュは腰に下げた袋から止血効果のある薬草を取りだし「貼っておけ」と差し出してきた。

「このくらいであれば、すぐ塞がります」

「見たところ、俺の頬の傷跡のときと同じくらい深いが、自然治癒力が高いんだな」

 アッシュは感心したような口ぶりだ。

「なら、そのくらいの傷を負わせるように、切り込もう」

「それは危険です。いくつもできれば治癒が追いつかなくなります」

「冗談だ」

 アッシュはまた袋の中に手を入れなにやら探している。

「あった、あった」

 アッシュから手を出すよう言われた。従うと、手のひらに指輪が置かれた。

「貸してやる。俺の攻撃程度なら百回は耐えるはずだ」

 役目を終えた指輪を外し、付け替えた。外した指輪はポケットにしまった。

「もうゴミだろ。その辺に投げ捨てとけよ」

「いえ、これはアベルからもらった物なので」

 アッシュが「物好きだな」と口元に笑みを浮かべた。

「出血も治まったようだし、始めるか」

 僕は頷いて剣を構えた。さっきわずかでも避けられたのは、アッシュがわざわざ正面から攻撃してくれたからだとわかっている。

「剣は構えなくていい。しばらく、巻き藁のように俺からただ斬られてみろ。気づくことがあるはずだ」

 気は進まないが、アッシュの指示に従う約束なので剣を鞘に収めた。

「お願いします」

 僕は覚悟を決め、腕を後ろ手に組んだ。 

 アッシュが地面を蹴り、一気に間を詰めてきた。初めて見たときと違い剣先が自分に到達する時間は読める。それでも避けてはならないのだ。たとえ指輪に守られていても、剣が迫ってくれば本能が避けるよう警告してくる。僕は、自分の両の手をぐっと握りしめ、瞬きもせずに切っ先を見つめ続けた。

 目の前で火花が散り、破裂音が響いた。思わず頭をのけぞらせた。

「今のは指輪の性能確認だ。思っていたとおり、こっちの防御壁の方が堅いな」

 たしかに、最初の指輪では衝撃を感じていた。

「この指輪を作ったのは、もう若くはない魔法使いだったからな」

 アベルがまだ未熟だと言いたいのだろうか。僕たちにはまだ経験が足りないのだから、差があるのは仕方ない。これから成長していくのだ。しかし、本当に僕が一週間後に死ぬのなら、ここで止まってしまう。

 なんとしても生き残りたい。

 アッシュは不敵な笑いを浮かべた。

「次は本気で行くからな」

 僕は黙って頷いた。

 アッシュは剣を構えたまま、腰を落とした。

 来る――。

 次の瞬間、剣は僕の胴の辺りで振り抜かれていた。アッシュはすぐに剣を構え直し、また踏み込んだ。大きく剣を振り上げたところまでは見えた。

 必死で目を凝らしているのに、剣の軌道がどうしても捉えられない。

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