第8話

 アッシュが大きなトカゲを抱えて戻ってきた。見たところ、アッシュよりも大きい。見た目よりも軽いのか、楽々と担いでいる。

「夕食にちょうどいい食材が手に入った」

 僕はまだトカゲを口にしたことはない。

「美味しいんですか? 初めて食べるので、楽しみです」

 アッシュは「美味いとは言ってないぞ」と、トカゲを地面に置いた。ドスンと音がした。僕は気になり、トカゲの死体の周りをぐるりと回って観察した。切り傷は見当たらない。

「どうやって倒したんですか?」

 アッシュは僕に拳を見せると「げんこつをくらわした」と歯を見せて笑った。あれほどの剣術を使うのに、本当に武闘家だったらしい。

「血液が重要なんだ。頭に一発ガツンと叩き込んだから、脳はグズグズになっているはずだ」

 勇者として討伐に出るときも、食料をその場で調達するような日程ではない。アッシュがどう生きてきたのかを垣間見た気がした。傭兵として戦場を渡り歩く。厚かましくないとやっていけない環境だったのだろう。

 トカゲがどんなにまずくても、与えられた分は食べきる覚悟を決めた。

 鍛錬が再開された。引き続きアッシュの攻撃を繰り返し受け止める。休憩前は、正面を向いた状態で視界に入る位置からの攻撃だったが、今は、背後からも繰り出される。死角からの攻撃はまったく受けられないが、それでも、何が起こったかもわからなかった頃よりはいくらかましになっている。まだ半日も経っていないのに、ここまで変わるとは驚きだった。

 途中また手首に違和感が出てきたが、アッシュが自分のシャツを裂いて、手首に巻いてくれたおかげで、問題なく続けられた。

 日が落ちると、急に気温が下がった。松明の代わりに、フルネーズに少しだけオーラを注ぐ。刀身が光を帯び、辺りを照らしてくれた。

「さすが、勇者様の剣は便利だな」

「一応、伝説の剣と言われていますので」

 僕は、今朝出会ったばかりのアッシュに、冗談を返せるほど心を開いていた。

 家には魔道具で沸かす風呂が用意されていた。アベルの心遣いに感動するほど嬉しかった。

 しかし夕食は、筆舌に尽くしがたいものだった。

 トカゲは強い再生力を持っていて、その肉を食べると、短期間で筋力が増える効果があるという。味は、今まで食べたものの中で一番ひどかった。泥のような臭みと、歯にまとわりつく歯ごたえだった。

「次は、生血ですか?」

 僕はもう何でも来いとばかりの心境になっていた。

「ん?」

「血液が重要なんですよね?」

「飲みたいのか?」

「飲みたいわけではありませんが、覚悟はできています」

「さすがに俺も飲んだことはないから、体に良いか悪いかもわからん」

 血は顔料として使うために欲しかったのだと説明された。

 食事が終わると、アッシュから明日に備えて早めに寝るよう言われた。さすがに早すぎると思いながら布団に入った途端、底に沈んでいくようにして眠りに落ちた。

 夢を見ている自覚があった。

 そこにはアッシュがいて「鍛錬を始める」と告げられた。昼間受けた攻撃を、何度も何度も繰り返し見せられた。

 だんだんとアッシュの動きが見えるようになってきた。

 やはりおかしい。地面を蹴り、宙に浮いている最中に、さらに加速しているように見える。人間に可能な動きだとは思えない。

 アッシュは一体何者なのだ。

 

 焼きたてのパンの匂いを嗅ぎつけて目が覚めた。

 最初に、昨夜見た夢を思い浮かべ、苦笑した。自分が敵わない相手だからといって、人間ではないと決めつけるとは、夢の中とはいえ、情けなかった。

 香ばしい匂いに誘われて、キッチンに足を運ぶ。

「よく眠れたか?」

 アッシュは、昨日と違いこぎれいな服を着ていた。

「なぜそこまで驚く。俺にも着替えを買うくらいの稼ぎはある」

 あれだけ腕の立つ傭兵なのだ。重宝されているに違いなかった。

「朝食くらいは、美味いものを食べないと心が病むからな」

 いつの間に食材を調達したのか、焼きたてのパンだけでなく、目玉焼きや生野菜もあった。

「今日も、引き続き同じ訓練になる。まずは、目をスピードに慣らすこと。動きはその後だ。一週間後になんとか持ちこたえるほどには仕上げるから心配はするな」

 アッシュに夢の話をしようとしてやめた。

 不思議なことに、一晩置いただけで、昨日より格段にアッシュの動きを追えるようになっていた。夢の中で鍛錬をしたおかげかもしれない。

 思わず、喜びの声をあげてしまった。

「お前は筋がいい。その調子で頑張れば、生き残れそうだ」

 アッシュが懐かしむようにして、目を細めた。気にはなったが、関係ないことを質問している場合ではない。

 休憩を挟みながら、昼時まで鍛錬は続いた。

 アッシュは昼から少し用事があるらしく、いったん家に戻った。

 自分が不在の間は、歩法を練習しておくよう言われた。不思議なことに、習っていないはずなのに、アッシュの足運びが自然に頭に浮かんできた。

 構えの姿勢、相手との間合いを詰めるときの踏み込み。思い浮かぶままにやってみる。アッシュほどのスピードは出せないが、かなり効率的なのがわかる。

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