第5話

 僕はフルネーズを下賜された際に教えられた方法で召喚していただけだ。

「言葉にせずに出せるとは知りませんでした。一度試してみます」

「試さなくていい。今後は常に帯剣しておけ」

 僕は勇者であり、勇者とは要請を受け魔獣の討伐へ赴く者だ。そのせいか、任務以外の時間は安全だという思い込みが少なからずあった。

 勇者狩りにしても、他人事でしかなかった。僕はアッシュの指示に従い、腰に剣を下げた。

「まずは、腹ごしらえだ」

 すぐさま鍛錬に入るものだと思い込んでいたので、拍子抜けした。

 アベルに会いたい一心で、食事も満足に取らずに駆けつけたのだ。意識した途端、空腹に襲われた。返事をする前に腹が鳴った。

 アッシュが口元に笑みを浮かべた。

「食べながら、今後の計画を話す」

 部屋を出た。それほど時間はなかったのに、廊下にあったゴミはすべて片付けられていた。驚いていると「俺は動きが速いんだ」とアッシュが言った。たしかに、僕の目で追えないほど速かったが、片付けにもその能力を発揮するとは予想もしていなかった。

 アッシュについて行った先は、調理場だった。石造りの釜と最低限の調理器具はあるようだ。木箱を重ねているだけの台と、椅子も置いてある。台の上には、パンとスープが載っていた。器は誰かの手作りなのか歪んでいた。

「一日でも早く戻れれば、もう少しましなものが用意できたんだが、お前が来る直前まで野原を駆けずり回っていたんだ」

 どうりで服が汚れていたわけだ。

「ましだとしても美味いものは作れん。料理は得意じゃないんだ。その代わり、この一週間でできるかぎりお前の能力を引き出すメニューにする」

 僕はアッシュにお礼を言った。

 食事を進めながら、アッシュが今後の方針について話してくれた。

「とにかくお前には時間がない。疑問が湧くこともあるだろうが、俺の指示通り淡々とこなしてくれ」

 たった一週間だけアッシュから指導を受けたからといって、その間での成長はたかが知れているだろう。しかし、その後も鍛錬を続ければ必ず糧になる。盗めるものはすべて盗んでしまいたかった。

「全面的に従います」

「そうしてくれ」

 口ぶりこそ無遠慮に感じるが、アッシュは僕のために動いてくれている。たとえ僕が死ぬ場面を見たとしても、助ける義理はないはずなのに。「勇者だから」という考えがよぎったものの、動機としては薄い。 

 一週間後、死に直面するのであれば、今はあれこれ考えを巡らせている場合ではない。

 パンもスープも素朴ではあったが、どちらも十分美味しかった。

 僕が食べ終わるのを見て、アッシュが立ち上がった。

「この辺りは住民がいないから、いくらでも暴れられるぞ」

 アッシュの後に続いて家を出た。いつの間にか太陽が真上にあった。あまりの眩しさに腕を上げ、日差しを遮った。

「日が暮れるまでは、剣術を見てやる」

 まだ正午を過ぎたばかりだ。日没までは結構時間がある。何を得られるだろうかと考え、気持ちが高ぶった。

 アッシュについてしばらく歩いた。ほとんどが空き家で、人の気配はない。アベルの家はまだ形を保っていたが、瓦礫と化した家がいくつも放置されていた。魔獣襲撃の爪痕だ。絶望の淵が近かったせいで被害が大きすぎたからだろう。この村の人たちは復興ではなく移住を選ぶしかなかったのだと、虚しさを感じた。僕の育った村にはここまでの被害がなかったから、村人は今、何もなかったように平穏に暮らしている。

 アベルが前に『荒れ地に、のけ者が住み着いていただけの村』と表現したことがあった。こうやって実際に歩くとその言葉は間違いではなかったと感じる。目につくのは低木がほとんどで草も所々生えている程度だ。

「酷い有様だろう?」

 僕はどう返すべきか迷った。

「大変……だったでしょうね……」

「まあな。こんな場所でも故郷は故郷なんだよな」

 僕はアベルの生まれた場所について、ほとんど知らなかった。アベルが故郷を忌み嫌っていると感じていたから、こちらから話題に出せずにいた。

「絶望の淵が出現する前、ここはどんな場所だったんでしょうか」

 アッシュは鼻を鳴らした。

「見ての通り、魔獣が押し寄せる前から寂れていたさ。土地は痩せているし、近くに川もない。井戸が枯れては新たな水脈を探す。その繰り返しだった」

 ただでさえ不毛の土地で家まで倒壊してしまったのだから、移住を決断するのは無理もない。

「俺たち一族は、耳がよくて鼻も利く。だからか、狩りで生計を立てる者が多かった」

 アベルと過ごした時間を振り返る。確かに思い当たるところがあった。僕がアベルのために持っていったお菓子を、見せる前に当てられたことがあった。それに、騒がしい環境を嫌い、育成所でもいつも周りから距離を置いていた。聴覚が鋭いのなら、さぞかしうるさく感じていたことだろう。

 アッシュが立ち止まった。すっかり民家も見当たらなくなり、枯れた草木が風に揺れ、乾いた音を立てていた。

「ここでいいだろう」

 アッシュの声が聞こえたときには、目の前に剣先が迫っていた。

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