第58話 最初の復旧先は、誰も出たがらない地下街だった

七十三地点の調査が始まって三日目。


食堂の長机には、候補地を絞り込んだ資料が積み上がっていた。


「最初はここがいいと思う」


レナが一枚の地図を中央へ置いた。


人間領西部、城塞都市グランゼル。


その地下に広がる旧採掘区画。


現在の行政名称は《第九地下居住区》だった。


アデルが補足する。


「旧記録上はSanctuary Node 19。現在も生命維持設備の一部が稼働しております」


「じゃあ壊れてない?」


湊が聞くと、レナは首を横に振った。


「設備だけなら七割動いてる。でもSYSTEM判定はOFFLINE」


「なんで?」


「そこを調べるのが今回の目的」


ヴェルナが資料を一枚めくった。


「現在の住民は人間が約六百、獣人系が二百弱、魔族系が三十七。ほかに登録されていない小種族もいるらしい」


湊は顔を上げる。


「一緒に住んでるなら、うちと似てるね」


ヴェルナの眉がわずかに寄った。


「数字だけ見ればな」


別紙には、居住理由が記されていた。


危険能力保持者。


身元保証人なし。


魔族との混血。


討伐指定解除後の亜人。


地上居住許可失効者。


ミナが小さく息を吐いた。


「……住みたくて住んでいる人たちなんでしょうか」


誰もすぐには答えなかった。


ルゥが紙へ鼻を近づけ、すぐ離す。


「この紙、嫌い」


「匂い?」


「違う。書き方」


短い言葉だった。


シエラが腕を組む。


「罪を犯した者の収監記録ではないのだな?」


「違う」


レナが答える。


「少なくとも資料上は、犯罪歴と無関係な人が大半」


「ならば、なぜ門がある」


地図には地下街と地上をつなぐ三つの昇降路、そのすべてに検問所が記されていた。


アデルが淡々と告げる。


「地上側は治安維持措置と説明しております」


ヴェルナが鼻で笑った。


「魔族領でも、出る側だけ厳しく調べる門を『保護』とは呼ばない」


フィアが地図の地下部分を指で叩く。


「精霊の道も変なの。生きてるのに、閉じ込められてる感じなの」


アレシアは長く黙っていた。


やがて低く言った。


「神代にもあった。守るための壁が、いつしか出さぬための壁になることが」


湊は資料を閉じた。


「じゃあ、まず見に行こう」


レナがすぐ確認する。


「直しに、じゃないよ」


「うん。見に」


「住民の同意なしに壁を動かさない」


「分かってる」


「設備が壊れてても?」


湊は少し考えた。


「危ないなら応急処置はする。でも、街をどうするかは住んでる人に聞く」


レナは頷いた。


「それならいい」


今回の遠征は湊、レナ、ルゥ、ヴェルナ、アデル。


戦闘力ではなく、現地住民と話すための編成になった。


アレシアは留守番を選んだ。


「神が突然現れては、話が余計に大きくなる」


「自分で分かってるんだ」


「妾を何だと思っておる!」


「神様」


「なら敬え!」


翌朝。


五人はグランゼルへ到着した。


地上は美しい城塞都市だった。


石畳。


市場。


白い塔。


観光客向けの露店。


だが地下へ降りる昇降路だけ、鉄格子に囲まれていた。


受付の兵士が書類を見る。


「Sanctuaryからの調査団……ですか」


「はい」


「地下九区については、住民との不要な接触を避けてください」


湊が首を傾げる。


「調査しに来たのに?」


「設備をご覧になるだけで結構です」


アデルが微笑んだ。


その笑顔を見て、レナが一歩だけ距離を取った。


「確認いたします」


アデルの声は恐ろしく丁寧だった。


「今回の調査対象はSanctuary Node 19および現居住環境であり、住民は調査対象外である、と?」


兵士が言葉に詰まる。


「い、いえ、そういう意味では……」


「では接触を禁ずる法的根拠をご提示ください」


五分後。


鉄格子は開いた。


「アデル、怒ってた?」


「いいえ。我が主」


ヴェルナが横から言う。


「魔族領では、ああいう笑い方をする外交官が一番怖い」


地下へ降りる。


光が減った。


空気が湿った。


だが、想像していた廃墟ではなかった。


店がある。


子どもが走っている。


洗濯物が干されている。


古い配管を利用した水路まである。


人が、暮らしていた。


ただし全員が、降りてきた五人を見ていた。


歓迎ではない。


警戒だった。


一人の獣人の少年が、母親らしい女性に腕を引かれて路地へ消える。


ルゥの耳が伏せた。


「怖がってる」


「俺たちを?」


「地上から来る人を」


その時。


SYSTEMが視界へ表示された。


【SANCTUARY NODE 19】


【主要設備稼働率:71%】


【再起動条件:未達成】


【SANCTUARY CONDITION:UNFULFILLED】


湊は立ち止まった。


設備は生きている。


人も住んでいる。


それなのに、ここはSanctuaryではない。


路地の奥から、老人の声がした。


「また地上の連中が、俺たちの家を直しに来たのか」


皮肉の混じった声だった。


「先に言っとくぞ」


老人は湊を睨む。


「直したあとで、出ていけと言うなら――壊れたままで結構だ」

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