第57話 七十三個の避難所を全部直すと言ったら、全員に止められた
翌朝、湊は食堂の壁いっぱいに世界地図を広げていた。
赤い印が七十三個。
正確には、反応が確認できた旧Sanctuary Nodeの数だ。
「じゃあ順番決めようか」
レナが即座に聞く。
「何の?」
「直す順番」
「全部行く前提なの?」
「壊れてるなら」
レナは目を閉じた。
「まず前提条件から修正しよう」
アデルが書類を置く。
「七十三地点のうち、人間国家管理下二十一、魔族領内十六、中立・未帰属地域十四、海洋・地下深層等の到達困難地点十五、現状位置不確定七でございます」
「結構分かってるね」
「昨夜、寝ずに整理いたしました」
「寝て」
「悪魔ですので睡眠は必須ではございません」
「じゃあ休んで」
アデルが一瞬黙る。
「……善処いたします」
ヴェルナが魔族領の印を見る。
「魔族側へ無断で入れば戦争になる」
「じゃあ許可取る」
「十六箇所すべて別の氏族圏だ」
「多いな」
「ようやく分かったか」
シエラは到達困難地点を見る。
「海底、火山帯、崩壊迷宮最深部。修復以前に護衛計画が必要だ」
ミナは別の紙を見ている。
「長期遠征になるなら、食料と薬の供給拠点も必要です。今の食堂だけでは無理ですよ」
ルゥが地図を嗅ぐ。
「紙の匂いしかしない」
「地図だからね」
「現地行かないと分からない」
「それはそう」
フィアが赤い印の一つを指す。
「ここ、精霊の流れが途切れてる場所なの」
「分かるの?」
「地図じゃ分からないの。名前で分かるの」
「それは分かるって言うの?」
「細かいの!」
アレシアは腕を組み、しばらく黙っていた。
やがて言う。
「湊よ。七十三すべて救おうとするな」
湊が見る。
珍しく、アレシアの声に冗談がなかった。
「なぜ?」
「神ですら、世界すべてを守れぬ」
食堂が静かになる。
アレシアは続けた。
「守れると思い込んだ神々が、神代の戦争を長引かせた。妾もその一人じゃ」
誰も割り込まない。
「力があるから、自分が行けば救える。自分がやらねばならぬ。そう考え続けた。その果てに、何も残らなかった」
湊は地図を見る。
七十三個。
全部を一人で直す。
昨日までは、それでいいと思っていた。
レナが静かに言う。
「北部を直せた理由、湊一人じゃなかったよね」
「うん」
「E-07が二百年維持して、アデルが旧SYSTEMを読んで、ルゥが通路を見つけて、私が異常波形を見てた」
アデルが頷く。
「そして現在のSanctuaryも、我が主単独の所有領域ではございません」
ルゥが短く言う。
「みんなでやる」
ミナも続ける。
「それなら、遠征する人だけじゃなくて、残る人にもできることがあります」
ヴェルナが魔族領側の印へ指を置く。
「私はこっちの交渉経路を調べる」
シエラは危険地点へ。
「我は遠征時の護衛基準を作ろう」
フィアが胸を張る。
「精霊の道はフィアが見るの!」
アレシアは最後に言った。
「妾は、神代の記憶を洗う。どこかに節点の記録が残っているやもしれぬ」
湊は全員を見る。
「……俺、何する?」
レナが即答する。
「勝手に出発しない」
「役割それ?」
「最優先」
アデルが紙へ書き込む。
「我が主担当:単独先行禁止」
「正式に書かなくていいよ」
「住民会議決議にいたしましょう」
「やめて」
フィアが手を挙げる。
「賛成なの!」
ルゥも手を上げた。
「賛成」
ミナも。
シエラも。
ヴェルナも。
アレシアまで堂々と手を上げた。
「神託として賛成じゃ」
「神託をそんなことに使わないで」
全会一致だった。
SYSTEMが静かに表示を出す。
【共同目標を確認】
【RESTORATION NETWORK:共同復旧計画を登録】
【単一領域主依存度:低下】
SPは増えなかった。
代わりに世界地図の七十三個の光点が、Sanctuaryの住民それぞれへ細い線でつながっていく。
湊だけではない。
アデル。
レナ。
ルゥ。
フィア。
シエラ。
ヴェルナ。
ミナ。
アレシア。
そして名前を持たないミノタウロスと、肩で鳴くピィ。
一つの魔王城が世界を救うのではない。
世界中に忘れられた居場所を、居場所を得た者たちが少しずつ取り戻していく。
その最初の計画が、食堂の長机の上で始まった。
「で、最初どこ行く?」
湊が聞く。
レナが地図を指した。
「だからまず調査から」
「うん」
「今日出発しない」
「分かってるって」
全員が湊を見る。
「……信用ないな」
ピィが肩の上で元気よく鳴いた。
「ピィ!」
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