第55話 二百年ひとりだった管理人から、はじめて雑談通信が来た

北部第四SanctuaryのE-07から通信が来たのは、その日の午後だった。


緊急通知ではない。


【通信要求:通常】


湊は少し迷った。


「通常って何だろ」


レナが端末を覗く。


「緊急じゃないってことじゃない?」


「それは分かる」


「じゃあ出れば分かるでしょ」


接続する。


画面にE-07の無表情な顔が映った。


「管理個体E-07です」


「うん。何か壊れた?」


「いいえ」


「誰か来た?」


「いいえ」


「じゃあどうしたの?」


E-07が三秒黙った。


「……通信試験です」


レナの眉が上がる。


湊は頷いた。


「聞こえてるよ」


「確認しました」


通信が切れそうになる。


「それだけ?」


「……はい」


また三秒。


「正確には、一件質問があります」


「なに?」


「住民個体アレシアは、正常ですか」


ちょうど奥でフィアとアレシアが揉めていた。


「だからその木の実はフィアのなの!」


「神への供物として置いてあったではないか!」


「昨日フィアが置いたの!」


「名前を書け!」


「木の実に名前なんて書けないの!」


湊は画面を見る。


「元気そう」


E-07は音声を解析しているらしい。


「確認しました」


レナが横から口を挟む。


「E-07。アレシアの状態確認なら、直接話す?」


「……可能ですか」


アレシアを呼ぶ。


画面へ顔を出した瞬間、彼女の表情が変わった。


「E-07」


「住民個体アレシア。神性反応、前回比一六・二パーセント上昇。外見状態、良好」


「第一声が測定か!」


「管理個体ですので」


「相変わらずじゃな」


そう言いながら、アレシアは笑っていた。


E-07も表情は変わらない。


「北部神性区画は安定しています。木皿も保存しています」


「……そうか」


「新しい供物は必要ですか」


アレシアが少し考える。


「いや。もうよい」


E-07の瞳がわずかに動いた。


「不要ですか」


「違う」


アレシアは言葉を選ぶ。


「そなたが二百年続けてくれた。それで十分じゃ。今度は、そなた自身のために何か使え」


「私自身」


「そうじゃ」


「用途が定義されていません」


湊が首を傾げる。


「何か欲しいものないの?」


「管理機能に必要な部品は一覧化されています」


「部品じゃなくて」


E-07が黙る。


「……理解できません」


レナが腕を組む。


「じゃあ宿題ね。次の通信までに、“必要ではないけど欲しいもの”を一つ探す」


「必要ではないものを取得する合理性がありません」


「だから探すの」


「矛盾しています」


「そういう問題」


通信の向こうで、E-07は長く沈黙した。


「……受理します」


湊が笑う。


「じゃあまた連絡して」


「次回通信予定は?」


「好きな時でいいよ」


E-07の動作が止まった。


「“好きな時”の判定基準がありません」


アレシアが笑った。


「なら、話したくなった時じゃ」


「話したくなる、を観測できません」


「そのうち分かる」


通信終了後。


SYSTEMが一瞬だけ反応した。


【RESTORATION NETWORK:1/??】


【管理個体自律性:微増】


SPは増えない。


湊は表示を見る。


「これも復旧扱いなんだ」


レナが首を傾げる。


「設備じゃなくて?」


「たぶん」


遠く離れた北部第四Sanctuaryで。


二百年以上、必要なことだけを続けてきたE-07は、通信終了後もしばらく端末の前に立っていた。


そして記録領域へ、新しい項目を作った。


【未定義要求候補】


その下には、まだ何も書かれていなかった。

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