第54話 神様が住み始めた翌朝、最初に覚えたのはゴミ出しだった

アレシアが正式な住民になった翌朝。


食堂の前で、戦と勝利の亜神が箒を握っていた。


「……確認するぞ」


妙に真剣な声だった。


「この黒き袋へ、廊下の塵芥を集めればよいのだな?」


ミナが頷く。


「はい。でも薬草くずは別です。フィアさんのところで堆肥にするので」


「分別まであるのか」


「あります」


アレシアは遠い目をした。


「神代の戦場より規則が多い……」


通りかかったヴェルナが足を止める。


「魔族領の宿舎でも分けるぞ」


「なぜ魔族まで妾より進んでおる!」


「生活に神性は関係ないからだろう」


シエラが真顔で補足した。


「兵站を軽視する軍は滅びる。清掃もまた兵站の一部だ」


アレシアが一瞬だけ納得しかけた。


「……なるほど」


フィアが飛んでくる。


「落ち葉はゴミじゃないの!」


「今度は何じゃ!」


「森の葉っぱを勝手に捨てるななの!」


「廊下に落ちておったぞ!」


「廊下まで来たら散歩中なの!」


「葉が散歩するか!」


食堂からレナが顔を出す。


「条件整理するね。自然区画由来のものはフィア確認。それ以外はミナの分類表。これでいい?」


「なぜ妾の清掃一つに会議が必要なのだ……」


湊は朝食を食べながらその様子を見ていた。


「慣れれば早いよ」


「そなたは昨日、靴下を食堂に置き忘れておったではないか!」


「見てたの?」


「見たくて見たのではない!」


アデルが紅茶を置く。


「我が主。昨日の遺失物記録にもございます」


「記録しなくていいよ」


「共同生活における事故防止のため必要でございます」


アレシアが初めて少し楽しそうに笑った。


「ふふ。主も万能ではないのだな」


「最初から万能じゃないけど」


「それを世界が理解しておらぬのが問題であろう」


その言葉に、食堂が少しだけ静かになった。


外の世界では、《魔王》の配信映像と、悪魔公爵、亜神、多種族共同体という情報だけが独り歩きしている。


だが中にいる彼らが朝から揉めているのは、落ち葉とゴミ袋の分け方だった。


ルゥが戻ってくる。


「外、また人増えてる」


「交易客?」


「半分。残りは見物」


フィアが頬を膨らませる。


「森には入れるななの」


「匂いで分かる。入れない」


アレシアは箒を持ったまま入口を見る。


「妾が出れば散るか?」


ヴェルナが即答した。


「余計増える」


「なぜじゃ!」


「神を見に来てる者もいる」


アレシアは固まった。


湊がパンを齧る。


「じゃあ今日は裏から行けば?」


「神が見物客を避けて裏口からゴミを出すのか?」


「混んでるならその方が楽だよ」


しばらく沈黙。


やがてアレシアは黒い袋を持ち上げた。


「……裏口はどちらじゃ」


その日の朝、世界で最も古い神性個体の一つが、誰にも祈られず、誰にも跪かれず、住民用の裏口からゴミを出した。


SYSTEMは何も表示しなかった。


SPも増えなかった。


けれどアレシアは戻ってくると、当番表の自分の欄へ小さく丸をつけた。


それを見た湊は、なぜか少し嬉しかった。

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