第52話 誰も祈らないのに、神様の力が少し戻った

アレシアがSanctuaryへ来て三日。


誰も彼女へ祈らなかった。


フィアは朝から森へ連れ回した。


「この木、元気ないの。神様なら分かるなの?」


「妾は戦と勝利の神じゃ! 園芸神ではない!」


「神様って不便なの」


「妖精にだけは言われとうない!」


ミナは食堂で芋の皮を渡した。


「手が空いてます?」


「妾は神ぞ?」


「はい。包丁使えます?」


「……使える」


シエラは外周警備へ誘った。


「神域知覚が戻るまで、周辺地形を把握しておくとよい」


「そなたは妾を新人騎士のように扱うな」


「新参住民ではあろう」


アレシアは言い返せなかった。


ヴェルナだけは少し距離を取っていた。


魔族にとって、神は必ずしも味方ではない。


昼、交易所で人間側の荷車と魔族側の荷車が同時に到着した時、少し揉め事が起きた。


双方が先に荷を下ろそうとして通路を塞いだのだ。


「こちらが先に予約している」


「時刻は同じだ。人間だけ優先される理由はない」


ヴェルナが間へ入りかける。


その前に、アレシアが立った。


「双方、退け」


声に神性が混じる。


空気が震えた。


人間も魔族も、一瞬で黙った。


アレシアは満足そうに顎を上げる。


「よいか。勝利とは、相手を退けることのみを指すのではない。目的を果たすことこそ――」


ルゥが横から鼻を鳴らした。


「右、空いてる」


全員が見る。


通路の右半分が丸ごと空いていた。


「二列で入ればいい」


沈黙。


アレシアも見る。


「……そうじゃな」


二台の荷車が並んで進んだ。


問題は三十秒で解決した。


アレシアは少し悔しそうだった。


「妾の神託より早い」


「現場ではよくある」


ルゥが短く答える。


その日の午後。


レナが妙な数値に気づいた。


「アレシア。神性反応、昨日より上がってる」


「何?」


測定器を確認する。


二パーセントだった神性反応が、三・一パーセントまで戻っている。


アデルが目を細めた。


「信仰を受けられましたか?」


「受けておらぬ」


「供物は?」


「リンゴ二個と朝餉と昼餉」


「それは食事です」


ミナが訂正する。


アレシアは腕を組む。


「では、なぜじゃ」


その時、外門から警戒音が鳴った。


交易所へ来た幼い魔族の子どもが、荷車から落ちたらしい。


地面へ激突する直前。


淡い金色の光が子どもの身体を包んだ。


ふわりと落下速度が弱まり、尻餅だけで済む。


全員がアレシアを見る。


本人が一番驚いていた。


「今のは……妾の神域?」


SYSTEMが表示する。


【領域内庇護概念との部分同期を確認】


神域勝利庇護:限定再起動】


レナが表示を読む。


「信仰じゃない。Sanctuary側の“庇護”と同期した?」


アデルが静かに答える。


「可能性は高いでしょう。アレシア様の権能は本来、信仰という一方向の供給を前提としていた。しかしこの領域では――」


「互いに守る方が先にある」


湊が言った。


アレシアが見る。


「妾は、誰にも祈られておらぬぞ」


「うん」


「神として崇められてもおらぬ」


「そうだね」


「なのに、力が戻った」


湊は少し考えた。


「ここにいるからじゃない?」


「説明になっておらぬ」


「俺も分からないし」


アレシアは呆れたように眉を寄せた。


だが、その顔は少しだけ嬉しそうだった。


その夜。


彼女は自分の部屋の小さな棚に、リンゴを一つ置いた。


祈る者はいない。


神官もいない。


巨大な神殿もない。


それでも、その小さな部屋の神性は昨日より確かに強くなっていた。

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