第50話 神様を連れて帰ったら、食堂で席を譲られた

北部第四ダンジョンから戻る道中、目覚めたばかりの亜神は一度も自分の足で歩こうとしなかった。


正確には、歩けなかった。


「べ、別に衰えておるわけではないぞ」


湊の背中で、女神が小さく咳払いする。


「神たるもの、長き眠りから目覚めた直後は神力の巡りを整える時間が必要なのじゃ」


「うん」


「……疑わぬのか?」


「重くないし」


「そういう話ではない!」


後ろを歩くレナが状態表示を確認した。


「神性反応、まだ通常時の二パーセント以下。理屈としては合ってる」


「ほれ見よ!」


「でも筋力も落ちてる」


「そこは申すでない!」


ルゥの耳がぴくりと動く。


「息、上がってる」


「獣人は余計なところまで聞こえすぎじゃ!」


アデルだけは完璧な礼を崩さなかった。


「神代より御名を残す御方にお会いできましたこと、恐悦至極に存じます」


女神はようやく満足そうに顎を上げる。


「うむ。そなたは礼というものを心得ておるな」


「ただし、我が主の背で足をばたつかせますと歩行の妨げとなりますので、お控えくださいませ」


「見ておったのか!?」


湊は少し笑った。


道中で名前も聞いた。


彼女の名はアレシア。


かつて戦と勝利を司り、神々の争いで敗れたのち、北部第四ダンジョンのSanctuaryへ封じられた亜神。


信仰を失って神性をほとんど失い、最後はE-07が年に一度置く供物だけを頼りに消滅を免れていた。


出発前、アレシアはE-07を見た。


「そなたは来ぬのか」


E-07は淡々と表示した。


【当機は北部第四Sanctuary管理個体です】


【管理領域を離脱できません】


「……そうであったな」


【住民個体アレシアの一時移動を推奨します】


「妾に命令するか?」


【いいえ】


短い間があった。


【お願いしています】


アレシアはしばらく何も言わなかった。


最後に、崩れた社へ一礼した。


「戻る。次は、そなたに供物を持ってくる」


【受領予定を登録しました】


そうしてアレシアはSanctuaryへ来た。


入口を抜けた瞬間、最初に出迎えたのはミノタウロスだった。


巨体がアレシアを見る。


アレシアも見る。


「……魔獣か」


ミノタウロスが軽く頭を下げた。


アレシアは反射的に威厳を取り戻す。


「うむ。妾を出迎える栄誉を許す」


その横をミノタウロスが通り過ぎ、湊の荷物を受け取った。


「妾ではなかったのか?」


「荷物重そうだったからじゃない?」


「神より荷を優先した!?」


食堂へ入る。


ミナが鍋から顔を上げた。


「おかえりなさい。……その方が?」


「神様らしい」


「らしいとは何じゃ、らしいとは!」


フィアが小皿の上から飛び上がる。


「神様なの!?」


「如何にも。妾こそ戦と勝利を司る亜神アレシア――」


「リンゴ食べるなの?」


「食べる」


返事が速かった。


レナが小声で言う。


「自己紹介より優先順位が明確ね」


「二百年ぶりのまともな食事なんだから、そこは仕方ないんじゃない?」


ミナはすぐに椅子を一脚増やした。


「どうぞ。まだ温かいですよ」


アレシアは椅子を見る。


「……これは、妾の玉座か?」


「食堂の椅子です」


「神が座るのだぞ?」


「みんな同じ椅子なので」


「同じ……」


アレシアの視線が食卓を巡る。


人間。


獣人。


妖精。


アンデッド。


魔族。


悪魔公爵。


ミノタウロス。


赤い小鳥。


誰一人、膝をついていない。


誰も祈っていない。


それでも空席を一つ作り、当然のように料理を置いた。


シエラが向かいから静かに言う。


「食卓では身分より席順が優先される。こちらへ座られよ」


「そなた、死霊騎士であろう。神に対して随分と自然に申すな」


「我が主も魔王と呼ばれているが、食後の皿洗い当番からは逃れられぬ」


アレシアが湊を見る。


「魔王が皿を洗うのか?」


「当番の日は」


「……この城、統治体系がおかしくないか?」


ヴェルナが淡々と返した。


「魔族領基準でもかなり特殊だ」


「やはりそうか!」


その日の夕食で、アレシアは三回おかわりした。


四回目を頼む直前だけ、神としての威厳を思い出したらしい。


「ミナとやら」


「はい」


「その……供物を、もう一膳許す」


ミナは少し考えた。


「おかわりですね」


「供物じゃ」


「おかわりです」


「……では、おかわりを頼む」


湊はSYSTEMを確認した。


SPは増えていない。


アレシアはここへ来た。


食事もした。


笑い声の中にもいる。


だが、まだ彼女自身がここを選んだわけではない。


それでいいと湊は思った。


今夜はとりあえず、寝る場所があればいい。

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