第49話 最深部の神様は、もう誰にも祈られていなかった
最深部には、ダンジョンらしいものは何もなかった。
石造りの小さな社。
それだけだった。
崩れた鳥居。
割れた石段。
枯れた供物台。
その中央に、一体の石像が座っている。
女性の姿。
鎧をまとい、片手に折れた槍を持っていた。
アデルが足を止めた。
「……これは」
珍しく言葉を失っている。
「知ってるの?」
「知っている、という表現が適切かは分かりません。神代の存在です」
E-07が表示を出す。
【RESIDENT SIGNAL:1】
【生命反応:なし】
【神性反応:極微弱】
レナが石像へ近づく。
「生きてるの?」
「消滅直前、と考えるべきでしょう」
石像の前には、一つだけ新しいものがあった。
小さな木皿。
その上に、乾燥した木の実が三つ。
「これ誰が?」
E-07が答える。
「私です」
「供物?」
「過去記録に従い、年一回実施していました」
二百年以上。
誰も来ない場所で。
機械の管理個体だけが、忘れられた神へ供物を置き続けていた。
湊はミナから持たされた弁当袋を見る。
中にリンゴが一つ残っている。
「置いてみる?」
アデルが振り返った。
「我が主。軽率に神へ供物を捧げる行為は――」
「腹減ってるかもしれないし」
「石像でございます」
「でも住民なんだろ」
湊はリンゴを木皿へ置いた。
何も起きない。
「やっぱりダメか」
その時。
石像の頬へ、小さな亀裂が走った。
ピィが鳴く。
「ピィ?」
亀裂が広がる。
石の表面が粉のように落ち、その下から白い肌が現れた。
ゆっくりと、女神の瞼が開く。
金色の瞳。
そして第一声。
「……遅い」
湊はリンゴを見る。
女神もリンゴを見る。
「供物が、遅すぎるぞ」
「ごめん」
「二百年じゃ」
「俺のせいじゃないと思う」
女神は震える手でリンゴを掴んだ。
一口齧る。
目を見開いた。
「……なんじゃ、これは」
女神はもう一口、確かめるように齧った。
「甘い……。こんなものを、人の世では普通に食しておるのか?」
「スーパーなら普通に売ってるけど」
女神はしばらくリンゴと湊を交互に見た。
「……人の世、発展しすぎではないか?」
アデルが額を押さえた。
ルゥは耳を伏せ、笑いを堪えている。
湊だけが普通に尋ねた。
「まだ食べる?」
女神は威厳を取り戻すように背筋を伸ばした。
「当然である。妾は戦と勝利を司る者。供物を受け取るは神の務めゆえな」
「じゃあ帰ったらもっとあるよ」
「帰る?」
女神の表情が止まった。
湊は首を傾げる。
「ここ、まだ壊れてるし。直るまでうち来る?」
SYSTEMが静かに表示した。
【神性個体:応答再開】
しかしSPは、まだ増えなかった。
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