第34話 国から届いた書類が多すぎて、魔王城の危機になった
配信でヴェルナの存在が広まった翌朝、Sanctuaryの入口に箱が三つ届いた。
運んできたのは探索者協会の無人搬送機だ。箱の側面には赤字で「至急」「要回答」「重要」と貼られている。
湊はしばらく箱を見た。
「……食料じゃないよな」
「匂いは紙」
ルゥが鼻をひくつかせた。
「三箱全部?」
「全部」
嫌な予感しかしなかった。
食堂へ運び込んで開けると、本当に全部紙だった。
探索者協会からの照会書。自治体からの安全確認。中央政府の危険指定存在受入れに関する質問状。魔族ヴェルナの滞在根拠を確認する文書。ダンジョン内部における居住実態調査依頼。税務上の拠点区分に関する通知。
さらに、差出人の違う封筒が何十通も重なっている。
ミナが一枚ずつ読んでいたが、途中で目を伏せた。
「湊さん……これ、回答期限が全部違います」
「なんで?」
「送ってきたところが全部違うからです」
「まとめて聞いてくれればいいのに」
レナが額を押さえた。
「その発想で行政が動くなら、たぶん世の中はもう少し平和ね」
フィアが紙束の上へ降り立つ。
「燃やせばいいの!」
「駄目です」
ミナが即答した。
「じゃあ埋める?」
「フィアさん、方向性が変わっていません」
シエラは一枚を手に取ったまま、難しい顔をしていた。
「我が生きた時代ならば、使者が口上を述べ、主が返答すれば済んだのだが」
「便利だったんだな」
「いや、戦争も多かったぞ」
「じゃあ駄目か」
ヴェルナは笑わなかった。
書類の何枚かは、明らかに彼女を問題の中心として扱っている。
『敵性種族の長期滞在』
『魔族個体の収容状態』
『監視責任者』
湊はその言葉を見て首を傾げた。
「収容してないけど」
「そういう問題ではない」
ヴェルナは乾いた声で言った。
「人間側から見れば、魔族が人間の領域にいる時点で管理対象なのだろう。逆でも同じだ」
「でもヴェルナの部屋、鍵は内側から掛けるやつだよ」
「……そこを説明しても、たぶん話は終わらない」
レナが横から言った。
問題はそこだった。
湊たちがやっていることは単純だ。
来たい人が来る。住みたい人が住む。危ないところは直す。食べるものが足りなければ増やす。
だが外から見れば、それでは済まない。
人間、獣人、妖精、アンデッド、魔族、深層魔物が同じダンジョンに暮らしている。
しかも領域管理者はSYSTEMから《魔王》認定を受けた元荷物持ち。
どう考えても説明が必要だった。
「じゃあ、説明すればいいんじゃない?」
湊が言うと、全員がこちらを見た。
「誰が?」
レナが聞いた。
「俺?」
沈黙が落ちた。
ピィだけが元気よく鳴いた。
「ピィ!」
レナはため息をついた。
「あなた、前の配信で国家扱いされたとき『家です』って答えたでしょう」
「家だから」
「それを外交の場でやるのよ」
「駄目?」
「駄目とは言わないけど、怖い」
その日の午後、最初のオンライン協議が行われた。
政府側七名、探索者協会四名、法律顧問三名。
Sanctuary側は湊、レナ、ヴェルナだった。
開始三分で、政府担当者が聞いた。
『まず確認します。あなた方の組織形態は何ですか?』
「組織じゃないです」
『では自治団体ですか?』
「違います」
『居住共同体?』
「たぶん」
『代表者はあなたで間違いありませんか?』
「おかえり担当です」
画面の向こうが静かになった。
隣でレナが顔を覆った。
ヴェルナは肩を震わせていた。笑っている。
協議は二時間続いた。
終わった頃、湊は戦闘より疲れていた。
「書類って強いな」
「今さら?」
その夜、SYSTEMに新しい通知が出た。
【領域規模拡大に伴い、対外関係管理機能の不足を検出】
【推奨:契約/法務/外交系統の確立】
湊は表示を見つめた。
「そんなスキルあったっけ」
シエラが少し考えてから言った。
「契約、と申したか」
「うん」
「古代記録庫で、似た語を見た覚えがある」
食堂の空気が変わった。
シエラは静かに続けた。
「この迷宮のさらに古い区画に――《契約殿》と呼ばれる封鎖領域がある」
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