第32話 人間にも魔族にも追われているなら、ここにいればいい
三日目の朝、ヴェルナは姿を消していた。
部屋には荷物も残っていない。
「逃げた?」
フィアが窓枠に立つ。
ルゥは床へ鼻を近づけ、すぐに首を振った。
「違う。自分から出た。匂いが外周へ続いてる」
湊は靴を履いた。
「じゃあ行こう」
「追いかけるの?」
「まだ傷治ってないから」
レナが小さく笑う。
「理由が最後までそこなのね」
外周から少し離れた旧採掘区画で、爆発音が響いた。
駆けつけた先では、ヴェルナが三人の魔族と対峙していた。
同族だった。
黒い軍装を着た男が、冷たい声で言う。
「ヴェルナ。帰還命令だ」
「断る」
「お前は人間側へ接触し、魔族領の情報を流した疑いがある」
「流していない」
「ならばなぜ《魔王》の領域にいた」
「……確かめたかった」
「何を」
ヴェルナが一瞬だけ黙る。
「種族を問わず住める場所など、本当に存在するのか」
男の表情が歪んだ。
「くだらん」
その一言で、ヴェルナの顔から何かが消えた。
「そうか」
「戻れ。命令だ」
「断る」
剣が抜かれた。
その間へ、湊が普通に歩いて入った。
「ちょっと待って」
「湊!」
レナが後ろで叫ぶ。
魔族の男が目を見開いた。
「人間……いや、《魔王》」
「だから違うって」
「退け。これは魔族内部の問題だ」
湊はヴェルナを見る。
「帰りたい?」
「……」
「帰りたいなら送るよ」
ヴェルナは唇を噛んだ。
男が怒鳴る。
「本人の意思など関係ない!」
湊はそちらを見た。
「じゃあ、なおさら帰らせられない」
「何?」
「本人が決められない場所に戻すの、変じゃない?」
シエラが一歩前へ出た。
ルゥも短剣を抜く。
フィアは湊の肩の上で小さな光を集める。
ピィの羽が赤く燃えた。
それを見た魔族たちは初めて周囲を見回した。
人間。
獣人。
妖精。
アンデッド。
フェニックス。
そして、奥には巨大なミノタウロス。
男の喉が鳴る。
「……これが、人間側の軍か」
湊は即答した。
「違う。住んでる人たち」
「意味が分からん!」
「俺もよく言われる」
戦闘にはならなかった。
魔族側は撤退した。
去り際、男はヴェルナへ吐き捨てる。
「お前はもう、魔族領へ帰る場所はない」
足音が遠ざかる。
ヴェルナはしばらく動かなかった。
湊が隣へ立つ。
「じゃあ、うちに戻る?」
「……なぜ、そんな簡単に言える」
「難しい?」
「私は人間側からも追われ、魔族側からも捨てられた」
「うん」
「お前のところにいれば、両方から敵視される」
「もうされてる気がする」
「そういう問題ではない!」
でも、ヴェルナは少し笑っていた。
その日の夕方。
食堂へ戻った彼女に、ミナが何も聞かず椅子を引いた。
ルゥが言う。
「そこ、空いてる」
フィアが小皿を押す。
「これ食べるの。余ったからなの」
「明らかに私の分として盛った量だろう」
「余ったの!」
シエラは静かに頷いた。
ヴェルナは椅子の前で立ち尽くした。
湊が言う。
「座らないの?」
「……座る」
その瞬間。
【対象個体ヴェルナ:帰属先を自主選択】
【SP+134】
湊の目が止まる。
「増えた」
ヴェルナが怪訝そうに見る。
「何がだ」
「ポイント」
「……私が座っただけだぞ」
「うん。俺もよく分からない」
レナが横から言った。
「もう分かってるでしょう。座ったからじゃないわ」
ヴェルナはその夜、初めて荷物を全部棚へ入れた。
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