第30話 魔族の少女が、配信を見て魔王城を探しに来た

配信の翌朝、外周警戒に出ていたルゥが戻ってくるなり、食堂の入口で足を止めた。


「湊。変な匂いがする」


「変な匂い?」


「人間じゃない。妖精でも、アンデッドでもない。もっと……焦げた鉄みたいな匂い」


フィアがスープ皿の縁に腰掛けたまま顔をしかめる。


「魔族なの」


食堂の空気が一瞬だけ変わった。


人間社会では、魔族は基本的に敵性種族として扱われる。探索者向け教本にも、遭遇時は交渉より先に距離を取れと書かれていた。


湊はパンを半分に割りながら首を傾げる。


「魔族って、来たらまずいの?」


レナが額を押さえた。


「危険性の確認より先に『来たらまずいか』を聞くあたり、判断順序が独特よね」


「いや、危ないなら戸締まりするけど」


「戸締まりで処理できるなら、何十年も戦争してないのよ」


シエラが静かに立ち上がる。


「我が確認してこよう」


「私も行く」


ルゥが短く言った。


湊も立ち上がる。


「じゃあ俺も」


「湊は後ろ」


「なんで?」


「あなたが前に出ると、敵味方の前提から確認し直すことになるの」


レナの言葉に、ミナまで小さく頷いた。


外周の岩場に、その少女はいた。


黒に近い紫の長髪。額の左右から小さく湾曲した角。赤黒い外套は裂け、脇腹には深い傷がある。


それでも背筋だけは真っ直ぐだった。


少女は一行を見ると、細身の剣を抜いた。


「近づくな、人間」


声は低く、よく通る。


ルゥがすぐに構える。


シエラも剣の柄へ手を置いた。


湊だけが少女の腹部を見ていた。


「その傷、血止まってないよ」


少女の眉がぴくりと動く。


「……見れば分かる」


「じゃあ手当てした方がいいんじゃない?」


「私は魔族だぞ」


「うん」


「……それだけか?」


「それ以外に何かある?」


少女が言葉を失った。


背後でレナが小さくため息をつく。


「ほら。前提を一個ずつ壊していくから、相手がついて来られてない」


少女は警戒を解かないまま、湊を睨んだ。


「お前が、配信に映っていた《魔王》か」


「違うけど」


「SYSTEMがお前をそう認定している」


「SYSTEMが勝手に言ってるだけ」


「……意味が分からん」


「俺もよく分からない」


少女の剣先がわずかに下がった。


「名を、聞いてもいいか」


「湊」


「私はヴェルナ。魔族領西辺、黒角族のヴェルナだ」


言った直後、彼女の膝が崩れた。


湊が反射的に前へ出る。


ヴェルナは剣を向けようとしたが、力が入らない。


「触るな……!」


「じゃあ触らない。自分で歩ける?」


「……」


「無理なら担ぐけど」


「触るなと言っただろう!」


「じゃあ板に乗る?」


ルゥが吹き出した。


レナも口元を押さえる。


ヴェルナだけが本気で困惑していた。


結局、ミノタウロスが持ってきた運搬板にヴェルナ自身が乗り、それを湊たちが魔王城まで運んだ。


食堂へ入った瞬間、ヴェルナは立ち止まった。


人間。


獣人。


妖精。


アンデッド。


ミノタウロス。


そしてピィ。


全員が同じ場所にいる。


「……配信は、偽物ではなかったのか」


「偽物?」


「魔族領では、人間側の欺瞞映像だと言われていた。異種族を集め、魔王を演じるための宣伝だと」


湊はミナから薬箱を受け取る。


「宣伝にしては食費かかりすぎるな」


ミナが苦笑した。


ヴェルナはしばらく誰もいない壁を見つめ、それから小さく言った。


「……一晩だけ、借りる」


湊は頷いた。


「うん。治るまでいていいよ」


「一晩だけだ」


「分かった」


その夜、SYSTEMに小さな通知が出た。


【敵対種族個体による一時滞在を確認】


【SP変動:なし】


湊は画面を見て、少しだけ首を傾げた。


「そりゃそうか。まだ全然信用されてないしな」


隣でピィが「ピィ」と鳴いた。

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