第22話 妖精に「この水、死んでる」と怒られた
「水が死んでるって、どういう意味だ?」
湊が聞くと、フィアは呆れたように両手を広げた。
「そのままの意味なの! 流れてるように見えるけど、精霊の道が止まってるの!」
「飲んでも平気だけど」
「人間は鈍いの!」
「そうなのか」
「そこで普通に納得するななの!」
ミナは厨房の水差しを見る。
「今まで体調を崩した人はいませんけど……」
「毒じゃないの。水が生きてないの」
レナが静かに問い返す。
「つまり、質ではなく流れの問題?」
フィアが一瞬だけ驚いた顔をする。
「……冷たい人間、ちょっと分かってるの」
「その呼び方やめて」
ルゥはカップの匂いを嗅ぐ。
「私には分からない」
「獣人は鼻はいいけど精霊の耳がないから仕方ないの」
「耳はある」
ルゥの獣耳がぴくりと動いた。
「そういう耳じゃないの!」
湊は【迷宮改変】で地下構造を開いた。
現在使っている水場は、数日前に見つけた地下水脈から引いている。
しかし詳しく確認すると、さらに奥に古い流路が存在していた。
途中で崩落し、完全に塞がれている。
「これか?」
フィアが画面のような領域図へ近づく。
「もっと下なの。ここから流れて、こっちへ抜けるはずなのに止まってる」
小さな指が、湊には見えていなかった経路をなぞった。
するとSYSTEM表示が更新される。
【微弱精霊流を検出】
「本当にあるな」
フィアが胸を張る。
「妖精を何だと思ってるの!」
「パン盗る小さい人」
「まだ言うの!?」
作業はすぐに始まった。
湊が【土木作業】と【迷宮改変】で崩落部分を少しずつ除く。
ただし、石を退かすだけでは駄目だった。
「そこ削りすぎなの!」
「こっち?」
「違う! 右! 人間から見て右なの!」
「フィアが逆さまに飛んでるから分かりづらい」
「妖精に上下は関係ないの!」
「工事にはあるよ」
レナが少し離れたところで吹き出した。
フィアが振り返る。
「笑ったの!?」
「別に」
「笑ったの!」
共同作業は昼過ぎまで続いた。
湊一人では精霊流の位置が分からない。
フィア一人では岩盤を動かせない。
「そこ、あと手のひら一枚分なの!」
「俺の手?」
「フィアの手!」
「小さすぎるな」
「繊細なの!」
最後の岩が外れた瞬間。
低い音が地中から響いた。
次いで、冷たい水が細い溝を走る。
最初は一筋。
やがて量が増え、小さな地下泉へ流れ込んだ。
その水面の上に、淡い緑色の光が浮かぶ。
フィアの表情が変わった。
「……戻った」
その声だけは、いつもの勢いがなかった。
光の粒が水路から壁へ、床へ、周囲の石へ染み込んでいく。
乾いていた岩の隙間から、小さな苔が芽吹いた。
さらに細い草。
白い小花。
石ばかりだった迷宮に、初めて自然の色が広がっていく。
ミナが息を呑む。
「きれい……」
ルゥはしゃがみ込み、芽の匂いを嗅いだ。
「外の森みたい」
ミノタウロスも入口から静かに眺めている。
湊は新しい区画候補を確認した。
【地下泉】
【薬草園】
【湿度管理区画】
【小型種自然居住区】
「いろいろ作れそうだな」
フィアがすぐに振り返った。
「勝手に全部石で囲ったら怒るの!」
「じゃあ、どうすればいい?」
「木と土を残すの。あと、この辺は苔を剥がさない。水は細く分けて、精霊が通れるようにするの」
「分かった。フィアが決めて」
「……え?」
「俺には分からないから」
フィアの羽が止まる。
「ここ、フィアが使うなら使いやすい方がいいだろ」
「使うとは言ってないの!」
「じゃあ、使わなくても自然区画の担当してくれれば助かる」
「人間はすぐ仕事を押しつけるの!」
「嫌ならやらなくていいぞ」
「……それも腹立つの!」
そう言いながら、フィアは水路の配置をかなり細かく指示した。
夕方。
作業が終わった頃、SYSTEM通知が浮かぶ。
【共同領域形成を確認】
【SP+38】
湊は表示を見る。
「一緒に何か作ると増えるのかな」
レナが横から覗く。
「たぶん、それだけじゃない」
「そう?」
「あなた、前からずっとズレてるもの」
「何が?」
「そのうち分かるんじゃない」
少し離れた水辺で、フィアがしゃがみ込んでいた。
復活した泉のそば。
石の割れ目から、見覚えのない芽が一本出ている。
フィアは誰も見ていないと思っているのか、嬉しそうにその芽を撫でた。
「……生きてるの」
翌朝。
その芽は、湊の腰ほどの高さまで成長していた。
「早くない?」
フィアが顔色を変える。
「これ……精霊樹なの!」
小さな枝の先で、淡い光が一つ灯った。
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