第21話 妖精は「住んでない」と言い張りながら毎晩寝ている
三日目の夜。
湊は小さなベッドから少し離れた床に座っていた。
見張るためではない。
壊れた棚の蝶番を直していただけだ。
「ピィ……」
肩の上のピィが眠そうに鳴く。
「先に寝てていいぞ」
「ピィ」
しばらくすると、壁の隙間から淡い光が漏れた。
細い光の粒がふわりと舞う。
次の瞬間。
手のひらほどの少女が、そっと顔を出した。
透き通った薄緑の羽。
明るい金色の髪。
服は葉や花びらを重ねたような形をしている。
小さな少女は周囲を確認すると、音もなく飛んだ。
パンへ一直線だった。
「やっぱり腹減ってたのか」
「っ!?」
小さな身体が空中で固まった。
次の瞬間、猛烈な勢いで壁へ戻ろうとする。
「別に取っていいぞ」
少女が止まる。
ゆっくり振り返った。
「……見てたの!?」
「棚直してただけ」
「嘘! 人間はそうやって妖精を捕まえるの!」
声は小さいが、勢いはある。
「捕まえないけど」
「信用しない!」
少女はパンを抱えたまま、びしっと湊を指差した。
「それと先に言っておくけど、フィアはここには住んでないから!」
「フィアっていうのか」
「名前を聞くな!」
「自分で言ったぞ」
フィアが固まった。
「……今のは忘れるの!」
「分かった、フィア」
「忘れてない!」
ピィが完全に目を覚ました。
「ピィ!」
「あっ、羽根泥棒」
「ピィィィ!」
フィアが顔色を変えて飛び立つ。
「違うの! 拾っただけなの!」
「ピィ!」
「追ってくるななのー!」
小さな光が食堂へ飛び込んだ。
ピィがその後を追う。
朝食の準備をしていたミナが振り返る。
「え、なに……?」
フィアはミナの頭上を旋回し、レナの肩をかすめ、最後に食堂へ入ってきたルゥの背後へ回った。
「ちょっ……」
ルゥの尻尾が跳ねる。
フィアはそのふさふさした尻尾へ潜り込んだ。
「ここ安全なの!」
「勝手に入るな」
「ピィ!」
ピィが床で翼を広げる。
ルゥが困った顔で湊を見る。
「どうするの、これ」
「仲直り?」
「できると思う?」
フィアが尻尾から顔だけ出す。
「赤い鳥が先に怒ったの!」
「羽根持ってったからだろ」
「綺麗だったから拾っただけ!」
「棚に置いてあったぞ」
「妖精から見たら落ちてたのと同じなの!」
レナがカップを口元へ運びながら言った。
「便利な価値観ね」
「冷たい人間なの!」
「否定はしないわ」
ミナは小さな皿に、焼いた果実とパンの欠片を乗せてテーブルへ置いた。
「フィアさん、よかったら」
「……罠?」
「違います」
「人間の料理には眠り薬が入ってるって聞いたの!」
「誰から聞いたんですか、それ」
「妖精の常識なの!」
湊は自分のパンを一口食べる。
「同じの食べてるぞ」
フィアはしばらく疑っていた。
だが香りに負けたらしい。
恐る恐る尻尾から出て、皿の前へ降りる。
一口。
羽がぴんと立った。
「……まあまあなの」
ミナが笑う。
「よかったです」
二口目はかなり大きかった。
食後。
フィアは改めて腕を組み、全員を見渡した。
「勘違いするななの。フィアはここには住まないの」
「別にいいよ」
湊が即答する。
「嫌なら出ていけばいいし、寝るならベッド使えば」
「……引き止めないの?」
「なんで?」
フィアの羽が少し止まった。
「人間は妖精を見つけると、契約しろとか、力を貸せとか言うの」
「今困ってないし」
「そういう問題じゃないの!」
「じゃあ何が問題なんだ?」
フィアは答えなかった。
その日も夜になった。
フィアは「今夜だけなの」と言いながら小さなベッドで眠った。
翌日も。
「今日は雨みたいな湿気だから仕方ないの」
また翌日も。
「壁の隙間、風が冷たいの」
四日目の朝。
湊が小部屋を覗くと、フィアはすっかり自分のもののように毛布を丸めていた。
机にはスプーン。
棚には赤い羽根。
隅には例の靴下片方が敷物として使われている。
「靴下、そこにあったのか」
フィアが飛び起きた。
「これは拾ったの!」
「室内で?」
「……細かい人間なの!」
「洗って返してな」
「フィアの敷物なの!」
その朝。
食堂で水を一口飲んだフィアが、突然顔をしかめた。
「なにこれ」
ミナが不安そうに聞く。
「お水、変でした?」
フィアはカップを睨んだ。
「不味いんじゃないの」
そして、羽を大きく震わせる。
「この水、死んでるの!」
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