第19話 「おかえり」と言っただけで、獣人の少女が固まった
翌朝、ルゥは一人で外周へ出た。
「警戒網、昨日の雨で一部臭い流れてる」
「一人で大丈夫?」
「この距離なら」
「じゃあ何かあったら戻ってきて」
「……分かった」
昼前。
入口の扉が開く。
湊はちょうど食堂へ水を運んでいた。
姿を見て、何も考えずに言う。
「おかえり」
ルゥが止まった。
完全に。
耳も尻尾も動かない。
「どうした?」
「……今、何て言った」
「おかえり」
「なんで」
「戻ってきたから」
「戻ってきたら、そう言うのか」
「普通は」
ルゥはしばらく黙った。
ミナが厨房から顔を出す。
「ルゥさん、おかえりなさい」
レナも席から振り向く。
「おかえり」
「ピィ!」
最後にピィまで鳴いた。
「……変なところだな」
ルゥはそれだけ言って顔をそらした。
昼食後。
湊はルゥの契約端末を机へ置いた。
数日かけてSYSTEMの解析機能と、レナの知識を使って調べた結果だった。
「これ、解除できそう」
ルゥの顔が変わる。
「本当に?」
「違約金とか追跡権限とか、かなり悪質だけど。契約自体が探索者保護規約に違反してる」
レナが補足する。
「違法契約よ。少なくとも正規の協会で争えば勝てる」
「でも、私は獣人だ」
「それが何?」
レナの返事は速かった。
ルゥは何も言わない。
湊は契約端末を差し出した。
「これで好きなところに行けるね」
その言葉に、ルゥの表情が固くなる。
「……出ていけってことか」
「なんで?」
「自由になった」
「うん」
「契約がないなら、私を置く理由もない」
「契約があったから置いてたわけじゃないけど」
「じゃあ、何で」
湊は少し考えた。
「怪我してたから最初は助けた。今は普通に住んでるから?」
「疑問形やめなさい」
レナが呆れる。
ルゥは俯いた。
「私は、外へ出てもいい」
「もちろん」
尻尾が落ちる。
「ここにいてもいい」
耳が上がる。
「どっちでもいいよ。ルゥが決めれば」
静かだった。
誰も急かさない。
しばらくして、ルゥが小さく口を開く。
「……もし外に出たら」
「うん」
「帰ってきてもいい?」
湊は本当に意味が分からないという顔をした。
「もちろん」
その瞬間。
SYSTEMが視界いっぱいに開いた。
【自由意思による帰属選択を確認】
【深度の高い相互信頼を確認】
【SP+96】
「多っ」
湊が思わず声を出した。
ルゥが身構える。
「何が」
「いや、SP」
「……今それ?」
レナが額を押さえた。
ミナは小さく笑っている。
湊は数字を見つめた。
一人増えたから、ではない。
助けた直後は四しか増えなかった。
部屋を作った時は十八。
みんなと関わるようになって二十七。
そして、自分からここへ帰ると決めた瞬間に九十六。
「人数だけじゃないな」
ようやく湊もそこまで理解した。
「今さら気づいたの?」
レナが言う。
「何に?」
「そこまで」
「全部じゃないのか」
「全部ではないわね」
その日の夕方。
ルゥは外周確認から戻ってきた。
入口で一度立ち止まる。
靴を見る。
少し迷ってから、自分で脱いだ。
そのまま食堂へ入る。
ミナが振り返った。
「おかえりなさい」
レナも続ける。
「おかえり」
「ピィ!」
ルゥは一瞬だけ照れたように視線を逸らした。
それから、今度はきちんと答えた。
「……ただいま」
食堂の席が、また一つ増えた。
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