第17話 獣人の少女は、眠る時も靴を脱がない
翌朝。
湊が水場へ向かう途中、ルゥの部屋の扉が少しだけ開いていることに気づいた。
中を覗くつもりはなかった。
ただ、物音がしなかったので声をかける。
「起きてる?」
返事がない。
扉の隙間から見えたルゥは、ベッドではなく壁際の床で眠っていた。
靴を履いたまま。
短剣を胸元に抱えている。
しかも身体は完全に休んでいない。耳だけが小さな物音に反応し続けていた。
湊が一歩下がった瞬間。
「っ!」
ルゥが跳ね起きる。
短剣が抜かれた。
「ごめん。起こした」
「……入ってないな?」
「入ってない」
「何しに来た」
「水汲みに行く途中」
「……そうか」
ルゥはゆっくり短剣を下ろした。
朝食の席でも、違和感は続いた。
ミナが焼いた薄いパンと、魔物肉を煮込んだスープ。
食堂に入ったルゥは、一番奥の席を選んだ。
壁を背にできる場所。
正面から入口が見える。
しかも、座る前に椅子の下まで確認した。
ミナが器を置く。
「熱いので気をつけてくださいね」
「……ありがとう」
それだけ言うと、ルゥは驚くほど速く食べ始めた。
「急がなくてもなくならないよ」
湊が言うと、ルゥの手が止まる。
「遅い奴から取られる」
「ここでは取らないよ」
「今は、だろ」
「明日も取らないと思う」
「なんで断言できる」
「ミナが怒るから」
ミナが鍋を持ったまま振り返った。
「そこなんですか?」
レナは口元を隠して笑う。
ルゥだけが真剣な顔をしていた。
食後、湊は部屋を見直した。
「昨日、逃げ道気にしてたよね」
ルゥの耳が立つ。
「逃げるなって言うなら、今出ていく」
「逆。逃げ道ある方が落ち着くなら作ろうと思って」
「……は?」
「どんなのがいい?」
ルゥは答えなかった。
湊は待つ。
やがて、疑うように一つずつ条件が出てきた。
「扉は、外から開けられない方がいい」
「じゃあ鍵は内側だけ」
「窓は?」
「外からは開かないようにする」
「非常口が欲しい」
「壁のこっち側なら外周路に繋げられる」
「床は……音がした方がいい」
「誰か来たの分かるように?」
ルゥが頷く。
「あと、臭いがこもるのは嫌だ」
「換気増やす」
湊は【迷宮改変】を起動した。
壁が動く。
小さな非常口ができる。
床材は柔らかさを残しつつ、足音だけは消えない構造へ。
換気路も二系統に増やした。
ルゥは黙って見ていた。
「これなら逃げられる?」
「……逃げていいのか」
「逃げたいときに道がない方が怖いだろ」
「普通は、逃げないようにする」
「俺は逃げられなくされるの嫌だったから」
その言葉だけ、少し重かった。
ルゥは何も聞かなかった。
夜。
湊が食堂の片付けを終えて廊下を通る。
ルゥの部屋の扉は閉まっていた。
翌朝。
食堂へ来たルゥの足元を見て、湊は一瞬だけ気づく。
昨日まで履きっぱなしだった靴を、今日は手に持っていた。
「おはよう」
「……おはよう」
それだけだった。
短剣はまだ腰にある。
でも靴は脱いだ。
SYSTEMが小さく光る。
【SP+18】
湊は表示を消した。
理由を聞く必要はない気がした。
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