第14話 事故が起きても壊れない部屋を作ればいい
夜中、湊は小さな物音で目を覚ました。
何かが落ちた音ではない。足音だった。
廊下へ出ると、壁際に人影があった。レナだ。背中を壁につけ、膝を抱えるように座っている。
「何してるの?」
レナが顔を上げた。
「……寝てた」
「廊下で?」
「悪い?」
「別に。床硬いけど」
湊が隣ではなく、少し離れた位置にしゃがむ。レナは何も言わない。
しばらくしてから、湊は部屋の扉を見る。
「ベッド嫌だった?」
「違う」
「じゃあ部屋?」
「違う」
「なら何?」
レナは答えなかった。だが視線が食堂側へ向いた。ミナの部屋。ピィが寝ている湊の部屋。入口近くにはミノタウロス。
人がいる。近くにいる。それ自体が怖いのだと、ようやく湊にも分かった。
「寝てる間に事故起きるの?」
「起きることがある」
「前にも?」
レナの指が膝の上で少し強く握られた。
「……昔、一緒にいた子の部屋で火事になった」
声は淡々としていた。だから余計に、何度も思い返した話なのだと分かる。
「その子は?」
「助かった。でも、それから私は誰かの隣で寝ない」
「なるほど」
「それだけ?」
「それ以上、何て言えばいい?」
「普通は気の毒そうな顔する」
「された方が楽?」
レナは少し考えた。
「……嫌」
「じゃあしない」
湊は立ち上がった。
「部屋、直そう」
「今から?」
「眠れないんだろ」
「だから廊下でいい」
「廊下で寝るなら、廊下を寝室にしないと危ないし」
「なんでそうなるの」
結局、レナも立ち上がった。
部屋へ戻り、湊は構造を見直す。昨日は壊れにくくしただけだった。今日は違う。
「事故が起きても、外へ影響しないようにする」
床を二重化し、魔力や衝撃を下層へ逃がす。家具は壁と一体化。水管と照明系統は独立。火気は異常を検知すれば自動遮断。換気孔も、破損しても閉塞しない構造へ変える。
ただし、扉だけは普通だった。
レナがそこを見た。
「そこは強化しないの?」
「外から開かなくする必要ないし」
「私が暴走したら?」
「その時は中から出ればいい」
「……閉じ込めないんだ」
「閉じ込めたら逃げられないだろ」
レナは何も言わなかった。
翌朝。
湊は食堂の一角を空け、簡単な検証を始めた。
「本当にやるの?」
レナは壁際に立ったまま聞く。
「何が起きるか分からない方が怖いし」
ミナは少し遠くにいる。ピィは湊の肩。ミノタウロスは入口。
ミナ「私は離れてますね。怖いので」
「それでいいと思う」
レナが少し驚く。
ミナ「でも、いなくなるほどじゃないです」
「……変な人ばっかり」
「ピィ」
「お前もな」
ピィが抗議するように湊の耳をつついた。
検証を始める。
レナが意識的に湊へ近づく。
三メートル。何も起きない。
二メートル。棚が揺れる。
一メートル。照明が明滅した。
「来る」
レナが身構えた瞬間、天井から石材が一つ外れた。しかし落ちない。安全索が自動で受け止める。
床の一部が裂けたが、表面だけで止まる。水管に圧力異常。独立弁が閉じた。
「……誰も怪我してない」
レナが呟く。
「改善点は結構あるけど」
湊は床を見ていた。
「そこ?」
「次は天井材もっと軽くしよう。あと水管は二系統にした方がいい」
レナが笑いそうになって、堪える。
その時だった。
【相互信頼の深化を確認】
【SP+45】
湊が視界の表示を見る。
「また増えた」
「何が?」
「SP」
「私のせい?」
「たぶん」
「事故起こしてるのに?」
「それは別なんじゃない?」
レナは呆れたように息を吐いた。
検証を終えたあと、二人は食堂の端へ座った。少し距離はある。それでもレナはすぐに立ち去らなかった。
「一つ聞いていい?」
「うん」
「私がここにいても、迷惑じゃない?」
湊は少し考えた。
「事故対策の改善点が分かるから、むしろ助かる」
「……そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味?」
「もういい」
レナは顔を背けた。口元だけが、少し笑っていた。
その夜。
レナは初めて部屋のベッドへ入った。扉の鍵を内側から閉める。
それでもしばらく眠れなかった。けれど何かが壊れる音がしても、警報は鳴らず、誰かの悲鳴も聞こえない。
やがて、いつの間にか目を閉じていた。
翌朝。
食堂へ来たレナは、湊の前で少し迷ってから言った。
「……もう一日、検証してもいい?」
湊は焼き芋を半分に割りながら答えた。
「別に何日でも」
レナはまた、少しだけ困った顔をした。
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