第13話 近づくと災害が起きる少女が運び込まれた

昼を少し回った頃、食堂の入口で重い足音が止まった。


ミナが鍋から顔を上げる。


「……戻ってきました?」


「たぶん」


湊が立ち上がるより先に、ピィが肩へ飛び乗った。


外周警備へ出ていたミノタウロスが戻ってきたのだと思った。ただ、今日は足音が妙に遅い。


入口へ向かうと、巨体の腕の中に一人の女性がいた。


「人?」


ミノタウロスが低く鼻を鳴らす。


抱えられているのは二十歳前後に見える少女だった。黒に近い長い髪。探索服は裂け、左腕から血が垂れている。意識はない。


「また拾ってきたのか」


ミノタウロスは少しだけ視線を逸らした。


「いや、責めてないけど」


湊が少女を受け取ろうとした、その瞬間だった。


食堂の奥で、がたん、と大きな音がした。


「え?」


ミナが振り向く。


棚の上段から木皿が落ちる。次の瞬間、壁際の水管が破裂した。


「きゃっ!」


水が噴き出す。照明石が二度明滅し、天井から小さな欠片が落ちた。


湊は少女を抱えたまま、しばらく周囲を見回した。


「急に壊れたな」


「急にって規模じゃないです!」


ミナが慌てて水を止める。


ピィは羽を広げ、少女を警戒するように睨んでいた。


「ピィ……」


「この人が原因?」


返事をする者はいない。


湊は少女を空いている寝室へ運んだ。傷そのものは重くない。出血を止め、汚れを【お掃除】で取り除き、残っていた薬を塗る。


しばらくすると、少女の瞼が動いた。


開いた目は、周囲を確認するより先に湊を捉えた。そして一気に表情が変わる。


「離れて!」


「起きた?」


「いいから離れて! 早く!」


声は弱っているのに、命令だけは鋭かった。


湊が二歩下がる。同時に、寝室の照明石が弾けた。


ぱきん。


小さな破片が床へ散る。


少女は唇を噛んだ。


「……ほら」


「今の、君がやったの?」


「私が近くにいると起きるの。物が壊れる。怪我人が出る。運が悪くなる。だから外へ出して」


ミナが入口から顔を出した。


「でも、まだ歩けないですよ」


「歩けなくてもいい。ここにいる方が危ない」


その言い方には慣れがあった。


何度も同じ説明をしてきたのだろう。何度も、自分から離れてきたのだろう。


湊は床に落ちた照明石の破片を拾った。


「どれくらい壊れる?」


少女が眉を寄せる。


「……何?」


「近くに人がいるほど?」


「そう。距離が近いほど。長く一緒にいるほどひどくなることもある」


「感情は?」


「関係ある。たぶん。親しくなるほど……事故が増える」


一瞬だけ、少女の声が低くなった。


そこに過去があることくらいは湊にも分かった。


ステータス補助表示が薄く浮かぶ。


【固有特性:災厄共鳴】


【周辺因果への不規則干渉】


【制御不能】


「なるほど」


少女は苦い顔をした。


「分かったなら、外へ――」


「外の方が危ないなら、こっちを壊れにくくすればいいんじゃない?」


沈黙した。


ミナも黙った。入口に立っていたミノタウロスまで、ゆっくり湊を見る。


「……何を言ってるの?」


「事故が起きるんだろ。だったら、事故が起きても怪我しないようにすればいい」


「そんな簡単な話じゃない」


「簡単かどうかは、やってみないと分からないし」


湊は床へ手をついた。


【迷宮改変】


寝室の床がわずかに沈み、柔らかな鉱土の層が作られる。壁際の棚は一体化して固定。照明石は天井から外し、割れても破片が飛ばない窪みへ移す。水管は独立させ、破裂した場合でも一室だけで止まるよう弁を追加する。ベッドの角も丸くした。


「これでさっきよりは安全」


少女は呆然としていた。


「……私を閉じ込める部屋?」


「いや?」


湊は扉を見る。


「鍵つけるなら内側からだけでいいんじゃない?」


少女の目が揺れた。


その直後、壁の一部が突然ひび割れた。


しかし、表面だけだった。柔構造へ変えた壁が衝撃を逃がし、破片一つ落ちない。


「お」


湊がひびを見る。


「効いてる」


「……効果を確認して終わり?」


少女の声が少し震えた。


「普通は、原因の私を隔離するの。設備の方を直そうなんて考えない」


「怪我してる人を遠くへ運ぶ方が面倒じゃない?」


「そういう問題じゃ……」


最後まで言えず、少女は目を伏せた。


ミナが静かに水の入ったコップを差し出す。


「飲めますか?」


少女はすぐには受け取らなかった。


「……あなたも離れた方がいい」


「怖いですけど」


ミナは正直に答えた。


「でも、湊さんが壊れにくくしてくれたので。少しくらいなら」


「ピィ」


ピィもベッドから離れた棚の上へ降りた。


少女は二人と一羽を順番に見た。


「名前は?」


湊が聞く。


しばらくして、小さな声が返ってきた。


「……天城レナ」


「俺は朝倉湊。こっちはミナ。鳥がピィ。でかいのはまだ名前聞いてない」


ミノタウロスが鼻を鳴らした。


レナは一瞬だけ、何とも言えない顔をした。


「ここ……本当に何なの?」


「部屋」


レナは数秒、湊を見つめた。


「質問に対する情報量が足りなさすぎる」


「最近、みんなには魔王城って呼ばれてる」


「補足した結果、状況が悪化したんだけど」


初めて、レナの口元がほんの少しだけ緩んだ。


その夜。


「一晩だけだから」


レナは念を押した。


「うん」


「明日には出る」


「歩けるなら止めないよ」


「……止めないの?」


「出たい人を閉じ込める理由ないし」


レナはまた黙った。


扉を閉める直前、湊は思い出したように言う。


「何か壊れたら呼んで。次直すから」


「普通なら、私に『壊すな』って言うところでしょ」


「できないことを条件にしても意味なくない?」


返事はなかった。


ただ、扉が閉まる直前に見えたレナの顔は、最初に目を覚ました時より少しだけ険しさが消えていた。

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