第11話 魔王城って、住みやすい家のことじゃないの?
世界中が《魔王》出現で騒いでいる頃。
当の魔王は、朝食をどうするか悩んでいた。
「栄養バー、あと一本か」
「ピィ」
「半分な」
「ピィ♪」
湊は固い栄養バーを二つに割った。
入口の方から低い鼻息が聞こえる。
湊は残り一本を見て、しばらく黙った。
「……お前に分けたら、俺の分なくなるんだけど」
ミノタウロスは何も言わない。
「あとで何か探すか」
結局、少しだけ削って大きな葉の上へ置いた。
昨日の世界警告以降、端末には通知が鳴り続けている。
探索者協会。
知らない番号。
メディア。
配信会社。
中には海外かららしい連絡まである。
全部ひとまず放置した。
「称号、外せないのかな」
ステータスを開く。
【称号:《魔王》】
【現行SYSTEMによる敵対管理者識別称号】
【解除不可】
「解除不可か」
数秒考える。
「まあ、生活に支障ないならいいか」
ピィに栄養バーを渡す。
地上では同じ時間、緊急会議が開かれていた。
日本探索者協会本部。
政府危機管理部門。
《奈落》攻略管理局。
大型モニターには湊の配信映像が何度も再生されている。
「新規魔王が人間個体という前例は?」
「確認されていません」
「本当に本人なのか?」
「ASTRA所属の補助探索者・朝倉湊で間違いありません」
「なぜ補助探索者がダンジョン構造を編集できる?」
誰にも答えられない。
一方、ASTRAは急遽コメントを発表した。
《朝倉湊氏については攻略中の不慮の事故により隊列から逸れ、我々も捜索を試みました》
だが視聴者は納得しなかった。
過去配信の映像が次々に掘り返される。
湊だけ異常な荷物を背負っている場面。
回復薬を要求される前に差し出している場面。
他のメンバーが休む中、一人で野営準備をしている場面。
そして最後の配信に残った、不自然な隊列の分断。
《本当に事故か?》
そんな声が少しずつ増え始めていた。
もちろん、湊本人はそんなことを知らない。
昼前に配信をつけると、待機していた視聴者が一気に流れ込んだ。
『魔王きた』
『おはよう魔王』
『魔王城見せて』
『門番ミノさんも映して』
「城じゃないぞ」
湊は真顔で否定した。
「ただの部屋だ」
『風呂付き98階層居住区を部屋って言うな』
『絶対防御扉もあるだろ』
『城の初期区画です』
「扉は戸締まりしただけだし」
『その戸締まりでS級ボス止めてるんだよ』
昨日の配信後、湊が過去数日の出来事を簡単に話したことで、視聴者にはかなり事情が伝わっている。
ただし本人の説明は相変わらず雑だった。
「ここ寝室」
カメラを回す。
『普通』
「収納庫」
『広いな』
「風呂」
『なんで最深部で源泉生活してんだよ』
「ここは掃除したところ」
カメラの先には、以前まで瘴気で進めなかった広大な区画がある。
『部屋じゃねえ』
『もう一棟分あるだろ』
湊は首を傾げた。
「人が住んでないんだから、城じゃないだろ」
『ミノタウロス住んでるだろ』
「……あれ、住んでる判定なのか?」
『今さら!?』
『基準そこ?』
ピィが画面へ割り込む。
『ピィ様きた』
『魔王より人気の幹部』
「こいつ幹部じゃないぞ」
「ピィ!」
外周から戻ったミノタウロスが画面の端へ映る。
『門番きたw』
『昨日までボスだっただろお前』
湊はそちらを見る。
「こっちも別に門番にした覚えないんだけどな」
ミノタウロスは当然のように入口脇へ立った。
『自主採用で草』
「……幹部になりたいのか?」
コメント欄が笑いで埋まった。
配信を切ったあと、湊は簡易厨房で残った食料を並べた。
栄養バーの欠片。
昨日見つけた食用可能なキノコを焼いたもの。
豪華とは程遠い。
それでも食卓代わりの石台に二人分――正確には一人と一羽分を置く。
ピィが当然のように向かい側へ座る。
湊は手を合わせた。
「いただきます」
「ピィ」
一口食べる。
味は薄い。
そこでふと思った。
「誰かと飯食うの、久しぶりだな」
ASTRAでも食事は一緒だった。
けれど湊はいつも準備と片付けをしていて、ゆっくり座る頃には皆が食べ終わりかけていた。
今は違う。
急かす人はいない。
次の仕事を命じる人もいない。
目の前には、小さな鳥がいるだけだ。
「ピィ」
そのピィが、湊の皿へ嘴を伸ばした。
「あ」
焼いたキノコを一つ持っていく。
「それ俺のだぞ」
「ピィ♪」
「自分のまだあるだろ」
ピィは知らん顔で食べた。
湊は数秒見つめたあと、笑った。
「まあいいか」
その笑顔は、ASTRAにいた頃の配信映像ではほとんど見られなかったものだった。
食事を終え、湊が片付けを始めたとき。
迷宮改変の領域図に、小さな赤い点が現れた。
入口脇にいたミノタウロスが、不意に顔を上げた。
戦意ではない。何かを察知したように外周方向を見る。
ほぼ同時に、迷宮改変の領域図へ小さな赤い点が現れた。
【領域外縁部に人間個体を検出】
【生命反応:低下】
「人?」
こんな深層まで来られる探索者がいるのか。
湊はピィを肩へ乗せ、扉を開けた。
領域の端まで進む。
そこには、一人の人物が倒れていた。
ぼろぼろの探索服。
手首には契約管理用らしい魔導端末。
身体には追跡魔法の痕跡。
誰かに追われ、ここまで逃げてきたらしい。
湊はしゃがみ込む。
少し遅れてミノタウロスも来た。倒れている人間を見て低く唸るが、湊が片手を上げるとそれ以上近づかない。
「大丈夫。今は敵じゃない」
誰に言ったのか、自分でもよく分からなかった。
呼吸はある。
「……腹減ってそうだな」
「ピィ」
そして、その傷だらけの姿を見て、二日前の自分を少し思い出した。
湊は小さく息を吐いた。
「……また捨てられた奴か?」
魔王城――本人がそう呼ぶ気のない場所に、最初の人間の住人がやってきた。
その入口では、最初の魔物の住人が黙って道を空けていた。
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