第10話 SYSTEMは俺を《魔王》と呼んだ
湊が配信を始めた理由は、生存報告だった。
それ以上でも以下でもない。
ASTRAの配信中に消息不明になった以上、地上では死んだと思われている可能性が高い。救助を期待しているわけではないが、生きていると伝えておいた方が後々面倒が少ない。
「……これ、開始でいいのか?」
湊は普段、配信機材を管理する側だった。
カメラを向けられる側ではない。
配信開始ボタンを押す。
最初の視聴者数は十二人だった。
『え?』
『湊?』
『ASTRAの荷物持ちの人?』
『生きてる!?』
「どうも。生きてます」
我ながら説明が雑だと思う。
コメントの流れが急に速くなった。
二十人。
百人。
千人。
どこかで通知か切り抜きでも回ったらしい。
『どこにいるの?』
『奈落の98層で消えたんじゃなかった?』
『救助隊まだ出てないぞ』
「九十八階層ですね」
『は?』
『背景なんだそれ』
『部屋???』
湊は背後を見る。
綺麗に整えた壁。
棚。
奥には湯気の立つ浴場。
肩にはピィ。
さらに奥の広い通路では、昨日まで深層ボス扱いだったミノタウロスが、無言で外周を見回っている。
「寝るところ作りました」
コメント欄が止まった。
一秒後、爆発した。
『寝るところ???』
『なんで最深部に風呂あるんだよw』
『後ろ完全に居住区なんだが』
『肩の鳥かわいい』
『それ何の魔物?』
『待て後ろ』
『今ミノタウロス通ったぞ!?』
『深層ボスじゃねえか!!』
ピィが画面に興味を持ち、カメラへ嘴を近づける。
『かわいいいいいい』
『鳥映せ鳥』
『生存より鳥で同接伸びてて草』
「名前は……ピィです」
「ピィ!」
『いや鳥じゃなくて後ろ!!』
湊が振り返る。
ミノタウロスは視線に気づき、一度だけ頭を下げて巡回へ戻った。
「ああ。昨日、怪我してたから手当てしたやつです」
『説明が軽い』
『なんでボスが警備員になってんだよ』
「警備員なのかは俺も知らないです。帰らないので」
『そのまんまw』
視聴者数はあっという間に十万人を越えた。
湊には実感がない。
『どうやって部屋作った?』
「壁動かしました」
『???』
「床も平らにして、水引いて」
『待て』
『ダンジョンの壁って動かせるものだった?』
『迷宮改変系? そんなスキル聞いたことない』
説明しろと言われても、湊自身よく分かっていない。
「土木作業ってスキルです」
『絶対嘘だろwww』
ちょうど収納区画の入口が少し狭いことに気づいた。
「ここ、もう少し広げるか」
配信を続けたまま壁へ触れる。
【迷宮改変】
壁が静かに一メートル移動した。
コメントが一瞬消えたように見えた。
次の瞬間。
視界に赤い警告が現れた。
【未登録管理権限による領域編集を確認】
「ん?」
【既存管理システムとの競合を検知】
【管理領域占有率:閾値到達】
【対象個体を敵対管理者として暫定登録します】
「敵対?」
【称号を付与】
《魔王》
湊は固まった。
コメント欄も固まった。
直後。
地球上のすべての覚醒者端末へ、同じ警告が送られた。
【WORLD WARNING】
【日本・最難関ダンジョン《奈落》深層に新規敵対管理者を確認】
【脅威称号:《魔王》】
【個体情報を公開します】
配信画面に、湊自身の顔が表示された。
その隣には肩に乗ったピィまで映っている。
『!?!?!?』
『魔王wwwww』
『お前元荷物持ちだろwww』
『魔王が風呂上がりなの面白すぎる』
『肩の鳥も幹部か?』
『魔王軍三名で草』
『一人一羽一頭で世界警告出すなw』
「……魔王って、俺?」
湊は肩のピィを見る。
「ピィ」
「そう見える?」
「ピィ?」
首を傾げられた。
「だよな」
コメント欄がさらに加速する。
同接は百万人を越えた。
一方その頃。
地上へ帰還途中だったASTRAの全員の端末にも、世界警告が表示されていた。
神崎蓮司は足を止める。
画面に映っているのは、二日前に《奈落》へ捨ててきた男だった。
しかも背景には、どう見ても深層とは思えない生活空間がある。
肩には赤い小鳥。
その背後には、ASTRAが遭遇すれば戦闘回避を選ぶ深層ミノタウロスが、まるで門番のように立っている。
表示された称号は――《魔王》。
蓮司の顔から笑みが消えた。
「……は?」
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