第7話 扉を閉めたら、ボスが入れなくなった
通路の奥に立っていたのは、巨大なミノタウロスだった。
身長は三メートルを軽く超えている。黒褐色の身体には古傷が無数に走り、両手で握る戦斧は湊の身長より長い。
端末の簡易鑑定が警告音を鳴らした。
【個体名:未登録】
【推定危険度:S】
【深層領域主級反応】
「領域主級って……ここ、お前の家だったのか?」
ミノタウロスが答えるはずもない。
低い咆哮が通路を震わせた。
ピィが肩の上で羽を逆立てる。
「ピィ、待て。昨日みたいに無理するな」
まだ翼は完全には治っていない。
湊は戦うより先に、自分たちの生活区画を振り返った。
せっかく掃除した床。
作った水場。
寝床。
棚。
昨日までは何もなかった場所だ。
それを巨大な斧で壊されるのは、なんとなく嫌だった。
「……入ってこられなきゃいいんだよな」
スキル一覧を開く。
目に入ったのは、以前から妙に気になっていた項目だった。
【戸締まり:20SP】
「今なら名前通りだな」
20ポイントを消費する。
【戸締まりを取得しました】
ミノタウロスが突進した。
湊は慌てて迷宮改変で入口に新しい扉を作る。
前の扉より少し厚い程度の石扉だ。
「とりあえず閉めるぞ」
扉を閉じる。
そして何となく、強く思った。
――入ってくるな。
次の瞬間。
轟音が響いた。
ミノタウロスの戦斧が扉へ叩きつけられたのだ。
湊は反射的に身構えた。
だが。
「……ん?」
扉には傷一つない。
もう一撃。
今度は戦斧に魔力が集中している。
S級相当の一撃が真正面から石扉へ激突した。
それでも、扉は動かなかった。
砂粒一つ落ちない。
「石、そんなに硬くしたっけ?」
【領域主が対象を来訪許可していません】
【侵入を拒否します】
「来訪許可?」
ミノタウロスが怒号を上げる。
魔力を纏った拳で扉を殴る。
何も起きない。
今度は咆哮による衝撃波。
扉の向こうで空気が爆発したはずなのに、こちら側には音が少し聞こえただけだった。
ピィが扉を見て、それから湊を見る。
「ピィ……」
「俺も意味分からない」
強度で止めているのではない。
表示の文面通りなら、単に「入る資格がない」から通れないらしい。
湊は扉へ手を置いた。
【戸締まり】
《領域封鎖Ⅰ》
内部名がまた妙に物騒だった。
「戸締まりって大事なんだな」
「ピィ……」
今度こそ、完全に呆れられた気がする。
しばらくして、扉の向こうの攻撃が止んだ。
気配が遠ざかっていく。
湊は追いかけなかった。
「帰ったならいいか」
倒して素材にしようとも思わない。
自分たちを食べに来たのか、単に縄張りを荒らされて怒ったのかも分からない。
湊としては、生活区画に入ってこないならそれで十分だった。
少し時間を置いて扉を開ける。
通路には巨大な足跡だけが残っている。
その一つを見ながら湊は首を傾げた。
「そういえば、掃除して通路開けたの俺なんだよな」
もしかすると、本当にあの魔物の縄張りだったのかもしれない。
「今度会ったら確認するか」
「ピィ?」
「いや、言葉通じるか知らないけど」
そのとき、視界に新しい通知が出た。
【領域維持行動を確認】
【管理適合率が上昇しました】
【新規機能を解放可能】
【増築:30SP】
湊は自分の狭い部屋を振り返った。
「……物置、作れるかな」
世界最難関ダンジョンの深層で、彼の悩みはずいぶん生活感のあるものになっていた。
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