第5話 小鳥が燃えた。俺は死んだと思った

扉の向こうにいるものは、明らかに湊より強かった。


気配だけで分かる。


深層の魔物特有の、肌を刺すような魔力圧。


湊は簡易端末の索敵機能を起動した。


【生命反応:大型】


【推定危険度:A以上】


「以上って便利な言葉だよな」


少なくとも、自分が正面から戦って勝てる相手ではない。


手持ちの武器は小型ナイフ一本。


戦闘スキルもない。


なら逃げるしかない。


湊はすぐ壁へ触れた。


【迷宮改変】で反対側に通路を作れば、追いつかれる前に離れられる可能性はある。


ただし問題が一つあった。


足元の小鳥だ。


翼はまだ固定したまま。飛べない。


「ピィ。抱えるぞ」


小鳥は返事をするように鳴いた。


湊は片腕で抱き上げ、もう片方の手を壁につく。


【緊急退避経路を生成――】


その瞬間、石の扉が大きく揺れた。


一撃。


まだ壊れない。


二撃目。


亀裂が走る。


「まずいな」


現在の扉は、ただ石を厚くしただけだ。深層の大型魔物を止め続けられるほどではない。


退路が完成するより先に、三撃目が来た。


石扉が砕ける。


黒い甲殻に覆われた巨大な獣が頭を突っ込んできた。


四足。狼に似ているが、大きさは大型車ほどある。口の隙間から紫色の炎が漏れていた。


湊は小鳥を抱えたまま後退する。


獣が吠えた。


空気が震える。


「間に合わないか」


自分一人なら、囮を作って逃げられたかもしれない。


だが今は一羽いる。


湊は小鳥を胸元へ庇った。


「悪い。もう少しだけ付き合ってくれ」


獣が跳んだ。


その爪が湊へ届く直前。


胸元が急に熱くなった。


「熱っ――」


小鳥が湊の腕から抜け出す。


まだ飛べないはずの翼を、無理やり広げた。


「ピィ!」


次の瞬間、小鳥の身体が燃えた。


「ピィ!?」


湊の方が叫んだ。


赤。


金。


白。


三色の炎が小さな身体を包み込み、一瞬で部屋を照らす。


だが羽毛が焼ける匂いはしない。


むしろ煤まみれだった羽が、炎の中で鮮やかさを取り戻していく。


小鳥の背後に、巨大な翼の影が広がった。


天井に届くほどの炎翼。


実体ではない。


それでも、襲いかかっていた深層魔物は空中で身体を捻り、悲鳴のような声を上げて後退した。


「ギャウッ!」


炎が走る。


魔物の進路を遮るように床を焼き、その先へは一歩も進ませない。


獣は数秒、小鳥を睨んでいた。


やがて本能が理性に勝ったのか、尻尾を巻いて通路の奥へ逃げていった。


静寂が戻る。


湊は呆然としていた。


小鳥の炎が消える。


その身体がふらりと傾いた。


「ピィ!」


慌てて受け止める。


「大丈夫か!? 燃えてたぞ、お前!」


「ピ……」


「どこか焦げてないか?」


羽を確認する。


焦げるどころか、昨日より艶がいい。


折れていた翼の傷も少し塞がっている。


「……元気になってる?」


小鳥は胸を張った。


そのとき、SYSTEM表示が割り込んだ。


【神話級生命反応を検――】


【ERROR】


【対象データが現行データベースに存在しません】


「神話級?」


小鳥を見る。


手のひらサイズ。


「ピィ♪」


どう見ても神話級には見えない。


「まあ、無事ならいいか」


湊は小鳥を胸元へ抱いた。


守るつもりだった。


それなのに、逆に守られてしまった。


妙な気分だった。


ASTRAにいた頃、湊が誰かを守るのは当たり前だった。装備を整える。回復薬を渡す。寝床を作る。撤退路を確保する。


だが、誰かに自分を守られた記憶は、あまりない。


「ありがとな」


小鳥の頭を指で撫でる。


「ピィ……♪」


視界が光った。


【相互信頼の深化を確認】


【親愛値:規定値を大幅に超過】


【獲得補正を適用】


【SP+200】


湊は二度見した。


「……やっぱり多くない?」


小鳥は知らん顔で胸元へ潜り込んだ。


使用可能SPが一気に増えたことで、薄暗かったスキル候補の多くが点灯している。


その中で、湊の目に止まったものがあった。


【お掃除:5SP】


湊は砕けた扉と、魔物が残した泥と血、それに辺りへ漂う瘴気を見回した。


「今、一番必要なのそれかもしれないな」


胸元から「ピィ」と同意する声が返ってきた。

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