第4話

 レオンは、サボり癖がある。

公務がある日、会議がある日、お茶会がある日。

何かにつけて体調が悪いと言い張り、やる気が出ないと言い張り、

部屋から1歩たりとも出ない時がある。

最近では1日たりとも部屋に出ない。食事も採らない。


 しかし、仕事が出来ない、というわけではない。


 アルヴェリア王国は海に面しているが、その反対は大陸であり

諸外国と地続きになっている。

中でも隣国のセレスティア王国は、先代、先々代から友好的な関係を築いている。


 …これも随分と前の話だが、

レオンも、度々外交のためセレスティア王国に出向いていた。


 そして今夜…アルヴェリア王国と、セレスティア王国が

新たなる国境交易協定を結ぶ。

互いの国を信頼しあい、関税をほぼ失くし、

お互いの貿易メリットを高め合う条約だ。


 この条約は、レオンが取り付けたものだ。

貴族達は海の向こうに夢を見がちで、大臣達でさえ、

海を超えた先と貿易に繰り出し

他の大陸国から抜きん出ようと提案するが、

長い目で見れば、セレスティア王国と強い関係を築いた方がいい。


 そう提案したのはレオンだった。


 国賓としてセレスティア王国の王子、王妃がやってくる。

アルヴェリア王国の貴族達と共に出迎え、この条約の締結を共に祝う夜になる。

…国賓パーティの始まりだ。


 準備は数か月前から及んでいた。

馬車を留める場所、料理の支度、緊急時の医者の手配。

順調ではあるが、慌ただしい日々を繰り返していた。


 そして、国賓を迎える日…パーティ当日、

朝から王宮全体が慌ただしかった。

最終チェックの項目は、軽く100を超える。


 今日ばかりは、レオンも公務をサボるわけにはいかない。

隣国とはいえ、遠方から来られた王族達を歓迎する、国賓パーティ。

アルヴェリア王国の王子として、そしてこの条約を出した本人として

レオンが欠席するなど許されるはずがない。


 侍女たちに囲まれ、衣装を着せられる。

私も隣で、ドレスの飾りの調整だ。


 ふと隣を見るとレオンの横が見える。

…また痩せただろうか。

顔を見るが、肌に艶がなくなったように見える。

恐らく、今日も…やる気は無いのだろう。


「レオン」


少し発破をかけるつもりで、声をかける。


「……なに?」


「今日は、ちゃんとしてくださいね」


「分かってる」


「本当ですか?」


「うん」


「昨日もそう言っていましたよ」


「……ごめん」


「もう……」


 いつもの謝罪。

私が無茶を指示しているかのような会話。

けれど今日は、それ以上言わなかった。


 今も続々と貴族達が集まり、パーティ会場は賑わいを見せている。

すぐにでも、貴族達に顔を見せて、挨拶をする時間を作らねばならない。


 レオンの方の支度が終わると、私の方もようやくドレスの支度が済んだ。

2人ならんで、侍女に連れられて…大広間に向かう。


「アルヴェリア王国、王子――レオンハルト・アルヴェリア殿下!ご入場!」

「同、王子殿下婚約者――リゼット・ヴァレンシュタイン侯爵令嬢!ご入場!」


 扉が開き、儀典官が名前を呼びあげ、広間に伝える。


 広間は数多くの貴族が、華やかな衣装に身を包み、

各々、テーブルにある料理を囲んでは会話に花を咲かせている。


 …ふと、レオンの横顔を見てみる。



 ――驚いた。


 名前を呼ばれ、会場に入った瞬間、

レオンの雰囲気が変わった。


背筋は伸び、眼は開き、まっすぐ前を向いている。

どこに出しても恥ずかしくない、王子である。


 レオンが一歩前に出れば、貴族達の注目が、一気に私たちに集まる。


「皆様、お待たせいたしました。

 本日は我がアルヴェリア王国とセレスティア王国のすばらしき未来のため、

 遠路お越しいただき、心より感謝申し上げます。

 どうぞ今宵は、心ゆくまでお楽しみください」


 穏やかな笑顔。


 丁寧な挨拶。


 見事な王子の所作に、貴族達からも拍手で迎えられる。


 貴族達への挨拶を済ませた後、

私とレオンは貴族達にお辞儀をして、王座の近くに向かう。

会場の奥、挨拶の列が形成しやすい場所。


 隣をある気ながらレオンの顔を見ると、

先ほどまでの気だるそうな顔が嘘のようだった。

笑顔で貴族達に挨拶し、責任感と気品にあふれた、"いつもの"レオンだった。


 レオンは…やればできるのだ。

ただ…やる気が無いだけ。

…だったら、普段からちゃんと公務に励んでくれればいいのに。


 口には出せないが、そう思った。


 先に到着していた、国王陛下と王妃殿下のもとへ、私たちは歩み寄った。


「父上、母上、レオンハルト、ただいま参りました」


続いて、私も挨拶する。


「陛下、王妃殿下。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「うむ」

「ええ。レオンも、リゼットも、よく来てくれました」


 二人は揃って小さく頷いた。

さて、飲み物をいただいて一息、といいたい所に…

貴族達がすでに、我々に列を成して押し寄せてきていた。



「王子殿下、この度は条約締結、おめでとうございます」

「王子殿下は、実に聡明でいらっしゃいますな」

「海の向こうではなく、長き歴史を重きにおいた選択…感動しました!」



 ゴマすり、妬みの眼、婚約者が横にいるのに色目を使う。

様々な挨拶が、貴族から飛び交う。

しかし、レオンは王子の笑顔を崩さない。



「ありがとうございます」

「恐縮です」

「セレスティア王国の協力あってこそです」



 褒められるたび、レオンは笑う。

王子らしく。

次期国王らしく。

誰から見ても申し分のない振る舞いだった。


「それでは、また…」

「ええ、また…」


 手を振って去っていく令嬢。

レオンと私は片手を挙げて挨拶し、別れを告げる。


 私は、ふと気づいた。

貴族との会話が終わった瞬間、

レオンの顔から、笑顔が消える。


 まるで糸が切れた人形のように、表情がなくなる。

一瞬だけ、ほんの…一瞬だけ。

そして、次の人が近づいてくると、また笑う。

……疲れているのだろうか。


 日頃から部屋に籠りぱなしだから、体力も衰えているのかもしれない。

そろそろ飲み物でも飲まないと私もつらくなってきた。


 その時。


「――セレスティア王国、第一王子アレクシス・セレスティア殿下、ご入場!」

「同、王太子妃――セリーナ・セレスティア殿下!ご入場!」


 ようやく、国賓の2人が大広間に現れた。

私とレオンは手早く飲み物で喉を潤し、挨拶に向かう。


 先陣を切ったのは、レオンだ。

こういう時、やはり頼りになる。


「この度は遠路より、ありがとうございます」


「いえ、…本日の条約締結、こちらとしても大変ありがたい話です。

 レオンハルト殿の広い視野があってこそ、成し得た話と思います。」


「ありがとうございます。アレクシス殿の寛大な心に、大いなる感謝を…」


深くお辞儀しようとするのを、アレクシス王子が手で制した。


「堅苦しいのは抜きにしましょう、今日は祝いの席です。…それに」


「それに?」


レオンが首をかしげた。


「今夜ばかりは…貴方とは、良き友人でいたい。」


「…友人」


 レオンの顔が、少し崩れた。

王子としての笑顔ではなく、豆鉄砲を当てられた鳩のようだ。


「友人、ですか」


「ええ、…同じ次期国王である前に

 同じ境遇であるレオンハルト殿とは…

 もっと、親しい友人として交流したい。

 …構わないだろうか」


 レオンは、先ほどまでの王子スマイルを忘れて、眼を泳がせた。


「…私で、よろしければ」


「もちろんだ、君が良いんだ。

 さ、セリーナもリゼット殿も、食事でもしながら楽しもう」


 アレクシス王子に促され、私たち四人でテーブルの料理を吟味する。


 レオンは、少し調子を取り戻したのか、それぞれの料理の解説をする。


「これはチーズだろうか」


「ええ、東の山沿いは広い牧草地でして、

 そこの水が栄養豊富で、その水を飲んで育った牛のミルクが…」


「なるほど、確かに豊かな味わいだ。ワインが合う」


 うんうん、と味わうアレクシス王子。

ふと、思い出したようにレオンに問いかける。


「牧草地といえば、私は乗馬が好きでね。」


「乗馬、ですか」


 そういえば、と私も思い出す。

レオンも昔は乗馬が好きだ。

籠りがちになってからはまったく乗らなくなってしまったが…

婚約前は、2人で遠乗りに出かけたこともあったっけ。


 思い出し、私は笑みがこぼれてしまった。


 アレクシス王子は続ける。


「ああ、セレスティア王国にも大きな草原があってな。

 馬を自由に走らせると、まるで風になった気持ちになる。」


「…そうですか」


「レオンハルト殿は、何が好きなんだ?」


 …そこで、レオンは言葉が止まってしまう。

王子として、外交中の会話の停止は、あまり心証がよろしくない。


「…」


「…レオンハルト殿?」


 思わずアレクシス王子も、心配そうに声をかける。


 つい、私も。


「…レオン?」


 そこでレオンは、我に帰ったように、王子スマイルを取り戻す。


「あ、ああ、すまない」


「大丈夫?」


「…大丈夫」


 …このやり取りも、何度目だろうか。

大丈夫と尋ねると、大丈夫と返ってくる。

異常があるなら、ちゃんと答えてほしいのに。


「…レオンハルト殿は…」


 少し気まずそうに、アレクシス王子。


「…休みの日は、何をされているのだろうか」


 私や、レオンに聞いているような、そんな声のかけ方。

休みの日か、…レオンは普段から休みのようなものだし、なんと答えたものか。


 答えに迷っていると、レオンが、ぽつり、とつぶやいた。


「…何も」


「…え?」


 アレクシス王子が戸惑いの声をあげる。

私は慌ててレオンの方を見ると、

レオンは、また王子スマイルをどこかに失くしていた。


「…何も、していません…、

 お恥ずかしながら、最近は…部屋で寝てばかりで」


 ぽつ、ぽつ、と話しながら、苦笑するレオン。

その笑顔は、…普段見かける、目にクマのあるレオンのような。


「レオン…、大丈夫?…少し、休む?」


 私は小さく声をかけた。


「大丈夫だよ」


 笑顔を見せながら、レオンが答えた。

直後だった。




―――ぽろ。



「え?」

「…え?」


 私とアレクシス王子が、思わず声を漏らす。

傍にいたセリーナ姫も口を抑えて驚いた。


 私たちが見たレオンは…

頬に、一筋の涙が伝っていた。


「……レオン?」


 私の声に、レオンがこちらを見る。


「どうしたの?」


「……泣いています」


「僕が?」


「はい」


 レオンが自分の頬に触れる。

指先が濡れ、それでようやく気付いたらしい。


「ああ……」


 まるで他人事のような声だった。

そうやって指先の涙を見ている最中も、ぽろぽろ、と目から雫が溢れてくる。


「レオンハルト殿、どこか痛むのか?」

「レオンハルト様…?」


 アレクシス王子とセリーナ姫も顔を覗き込んで心配する。

レオンは慌てて両手で目を拭うが、それでも涙が止まらない。


「……分かりません…」


 アレクシス王子がレオンの肩を優しく支え、尋ねる。


「…悲しいんですか?」


「分かりません…」


「…どこか痛いとか?」


「それも……ありません」


 レオンは困ったように答える。

慌てて私が、ハンカチで目と頬を拭う。


「…しっかりして」


「…ごめん」


 また謝る。そして、笑顔を作ってみせた。


 何事もなかったかのように。


 まるで泣いていることすら、王子として隠さなければならないことのように。


「……なんでだろう」


 本当にわからないように、ひとりごちるレオン。


 その様子を見ても…私は何も言えなかった。

どうすればいいか、皆目見当もつかなかった。


 レオンはここ最近、悲しいことがあったわけでもない。

普段誰かに怒られていても、今日は誰も怒っていない。

…何か大切なものを失ったわけでもない。


 …なのに、レオンは泣いてしまった。


「レオン…少し休みましょう」


「…でも」


「いいから」


 今だけは、休ませないといけない。

私の中で何かが警鐘を鳴らしていた。

これ以上、ここにいさせてはいけない。


「アレクシス殿下、セレーナ様、

 …レオンは少しお疲れのようですので、休ませていただきます」


2人に頭を下げる。レオンも涙の跡を頬に残しながら、笑顔を見せる。


「せっかくの日に、申し訳ございません」


アレクシス王子は首を横に振る。


「いえ、とてもお疲れのようですので、ごゆっくりお休みください」


 気遣いに感謝しながら、レオンを連れて奥の部屋に向かう。

廊下を歩いている最中、レオンは、王子の笑顔を崩さなかった。

…もう誰も見ていないのに。


「…レオン、もういいから…力を抜いて」


「…ごめん」


 …何に対しての、ごめん、なんだろう。

私は、この人の何を見落としているんだろう。


 それ以上、理解したくなかった。

王妃になる身として、…彼を支える者として、

未熟である事を、認めたくなかった。


 休憩室が空いていたので、一緒にレオンと入る。

ソファにレオンを座らせ、冷たい水を渡す。


「…ありがとう」


 一口飲んで、溜息をひとつ。

ようやく一息がつけたようだ。


 …それと同時に、王子の笑顔がはがれ、

いつもの、無気力なレオンになってしまった。


「…レオン…大丈夫なの?」


「…大丈夫」


 また、このやり取り。


「…お願い、何かあったなら、…教えて」


「…ごめん」


 …何故。


 …何故何も言ってくれないのだろう。


 …そこまで、私は…無力なのだろうか。


「……、周りの貴族達に、今日はもう挨拶できないと伝えてくる。

 …すぐに、王城に帰りましょう」


「…うん」


 悲しい気持ちを堪えながら、休憩室を出る。

そこには、アレクシス王子が歩み寄っていた。


「リゼット殿」

「…アレクシス王子」


 先ほどの事もあってか、気まずい気持ちのまま会釈をする。


「いいよ、…それより、レオンハルト殿は…?」


「…本日は、もう休まれます。」


「…そうか。」


 残念そうに、アレクシス王子は肩をすくめる。


「…もし元気になれば、共に草原を駆けようと伝えておくれ」


「承知いたしました」


 頭を下げれば、アレクシス王子は広間に戻っていく。


「…そうだ、リゼット殿」


 背中越しに、声をかけられる。


「なんでしょうか」


 振り返ったアレクシス王子は、悲しそうに笑顔を見せた。


「…王子とは、疲れるものだ。」


「…」


「……、彼のよき理解者であってくれ。

 私にとっての、セレーナのように」


「……。もちろんです」


 そう言いながら、…私は、この言葉の意味を理解しようとして…

…理解ができなかった。


 私は…何かを間違えていたのだろうか。



 何もかもわからないまま…国賓パーティは幕を閉じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 レオンは、まだ悲しい顔をしていた。

何があったのかは、まだ教えてくれない。


「…」


「…」


 部屋に戻るまでの道のり、屋敷の中の廊下。

夜のを割った月明りが、窓から伸びて、赤い絨毯を照らしている。


 夜ともあって冷え切った空気の中、

レオンの隣に寄り添って歩く。


 普段ならレオンへの小言が止まらないこの道も

今日は何も言う気になれなかった。


「…」


「…」


 無言が、続く。


 …しばらくして、やがてレオンの方から口を開いた。


「…リゼ」


 その声に、もう王子らしさは欠片も残っていなかった。


「…どうしたの」


「…ずっと、傍にいてくれる?」


「当たり前じゃないですか」


 また、この話だ。

あのお茶会の時から、度々このような質問をしてくる。


「…じゃあ…王子じゃなくなっても…」


「もしも、や仮でも…その質問はしてはなりません」


「…」


 レオンは、歩みを止めた。

…釣られて私も止める。

………、レオンの顔は、見れなかった。


「…ごめん」


「…」


 またレオンは謝った。

いつもの事だが、今日は…受け止め方を迷ってしまった。


廊下の窓からは、月明りが薄く伸びている。


 …私も、聞きたかった事を訊くことにする。


「私からもいいですか…?」


「…なに?」


 一呼吸、置いて。


「…何か、つらい事があったんですか」


「…」


 見れなかったレオンの顔を、ちら、とみる。

その顔は、苦笑、…薄く横に伸びた笑み。


「…大丈夫だよ」


 私とレオンの距離が、

少し、開いた気がした。


「…そうですか」


「…うん…、おやすみ」


 そう言って、レオンは部屋に籠った。


 …私は、


 …私は彼を…どこまで理解しているのだろうか。



 …










 次の日の朝。












 レオンは、部屋から出てこなくなった。

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