第2話
王子の一日は、忙しい。
少なくとも、私はそう教えられている上、
王妃教育の結果、そう思い至るのは造作もない。
だから、サボる、というのは…人間として、自然な節理なのかもしれない。
本日の王子のお仕事、
午前中は国務会議。
大臣たちから各業務の報告や成果を受け、
外交や税、軍備について話し合う。
王子の出席は義務…というわけではないが
近況を伝えられる以上、出ないという選択肢はない。
午後は社交。
アルヴェリア王国に所属している、
周辺貴族との昼食会やお茶会に顔を出し、親交を深める。
これも大事な仕事だ。
紙と数字が交差する会議とは違い、
国民に最も近い貴族の声、それを聞くことができる
またとない機会である。
…王子ともなれば、ただ仕事ができればいいわけではない。
人と人との繋がりもまた、国を支える大切な仕事なのだ。
貴族、大臣、民、それらの繋がりをしかと感じ、
国民が求めるもの、国を豊かにするために必要なもの。
それらを判断する材料にするべきなのだ。
…だからこそ。
「……また、レオンが欠席…ですか?」
午前の国務会議が終わったと聞いた私は、思わず頭を抱えた。
「はい。本日も殿下はお部屋から出られなかったそうです」
「…また?」
「また…です」
侍女の返事に、私はため息を吐く。
昨日もそうだった。
一昨日も。その前も。
最近のレオンは、とにかく公務に出たがらない。
「…どうして、こうも…」
眉間に皺が寄るのを、指で抑える。
いかんせん、レオンが部屋に出ない事には、
公務はおろか、王子としての教育にも支障が出る。
なんとかせねば…。
「なんとか、なんとかしないと…レオンを外に出す方法を…」
「そ、それについてなんですが」
おずおず、と片手を侍女があげる。
「その…殿下は、午後のお茶会には、出席できるそうなんです…」
「……え?」
思わず聞き返した。
レオンが外に出る。嬉しいはずなのだが…。
「午後からは出るのですか?」
「そのように伺っております」
「午前中は寝ていて、午後からお茶会ですか……」
呆れてしまう。
王妃教育で私が必死に勉強しているというのに、
当の本人は公務である会議を休んで優雅なお茶会。
しかもお茶会というのも、貴族の子息達、
特に令嬢が王子を一目見ようと集うのだ。
公務をサボり、女子に囲まれる。
そういうつもりが無いのは私は承知だが、
なにせ外聞が悪い。
「いかがなさいますか?」
侍女が申し訳なさそうに訊いてくる。
悪いのはサボりがちなレオンであって、貴女ではないのに。
「問題ないわ、今はレオンが久しぶりに外に出たことを喜びましょう」
「…わかりました。では、お茶の用意をしてまいります」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後。
王宮の庭園には、周辺貴族の令嬢たちが集まっていた。
色とりどりのドレス。
白いテーブルクロス。
香り高い紅茶と、職人が作った小さな焼菓子。
…王子が参加する茶会ともなれば、皆どこか浮き足立っている。
令嬢達は紅茶をすすりながら会話を交わしたり、
私に挨拶をしに近づいたりする。
「リゼット様、ごきげんよう。本日はお招きいただき、誠に感謝しておりますわ」
「ええ、ごきげんよう」
しかし、どの令嬢もどこか上の空。
やはり待っているのだ、レオンの登場を。
令嬢達は私に2,3言挨拶を済ませれば、
三々五々に散って、入り口を見つめる。
私の事なぞ、お飾りとでも言うように。
問題はない、問題は無い筈だが…
やはり、面白くない。
既にこの婚約は、婚姻と同義…確定であるはずなのに、
私を見限って、レオンが自分を向いてくれないか、という目線が…
どうも、良い気分はしない。
…しばらくすると、ようやくレオンが姿を現した。
「…」
無言ですたすた、と登場する。
一度こちらを見たが、その目は、力が籠っていないように見える。
…久しぶりに明るいところで、レオンの顔を見たが
やはり、眼のクマが色濃くなった気もする。
…普段、あんなに寝ているはずなのに。
そんなことも気に留めず、令嬢達が我先にとレオンの元に駆け寄る。
「まあ……!」
「殿下!」
「本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます!」
ベンチに腰掛けていた令嬢たちが一斉に立ち上がり、駆け寄る。
はしたないと思われないよう、一定の距離を保ちながら、
あっという間にレオンは囲まれた。
中心にいるレオンは軽く手を上げた。
「……うん。楽しんで。」
相変わらず、覇気がない。
歩く姿もどこか気だるそうだ。
…なぜ、もっとやる気になってくれないのだろうか。
令嬢もただ暇だからいるわけではない。
家の要望であったり、援助の依頼であったり、
様々な思惑を胸に秘めているのだ。
…それを訊くのが、王子の役目でもあるのに。
私はレオンの手を引いて、奥の席に案内する。
「殿下、こちらのお席へ」
「ありがとう」
今回はお茶会、といいながら簡易的な謁見の間に近い。
お茶会のための庭園、その最奥にある屋根のあるベンチ、
私とレオンはそこに向かう。
そこまでは十数歩、ちら、と横顔を見る。
それに気が付いたのか、レオンが声をかける。
「…何かあった?」
「いいえ。…今日は出られたのですね」
「…仕事だから」
「…ええ、仕事ですね」
適当な言葉を交わしながら、ベンチにたどり着く。
それにしても、午後からよく出てくれたものだ。
午前中の会議を休んだのだから、少しは元気になったのだろうか。
婚約者である私は、隣の席。
腰かけて、ポットの紅茶をレオンの分と自分の分を注ぐ。
すると、さっそく一人の令嬢が目の前へ歩み寄った。
黄色いドレスに大き目のリボンの装飾、元気そうな令嬢だ。
茶色のボブヘアに満面の笑みが花咲いた。
「殿下。先日の舞踏会、とても感動しましたわ。
あの時してくれたお話、とても興味深く伺いましたわ」
「……そう?」
レオンは小首を傾げる。
何を話したかも覚えていないように。
「はい。特に国境付近の交易についてのお考えは、
とても素晴らしいと思いました!
他の貴族はどれも、海の向こうを考えておられなのに、
やはり王子は、視野が広いのですね!」
「……ああ」
レオンは紅茶を一口飲んだ。
「ありがとう」
令嬢は嬉しそうに微笑む。
しかし、レオンは相も変わらず無表情だ。
「殿下は本当に、いつでも冷静沈着でいらっしゃいますのね」
「…うん」
「ええ。私、もっと殿下のお話を伺いたいですわ」
……始まった。
この茶会には、レオンに好意を寄せている令嬢が少なくない。
もちろん、私という婚約者がいるのは、令嬢達も重々承知だ。
それでもレオンに言い寄るのは…誰が出版したのか知らない、
婚約破棄からの、王家へ玉の輿物語。
今、巷で流行しているそうだが、創作は創作。
現実で見初められ、王家に嫁いだ、なんて話は歴史上少ない。
…レオンはそれを知っているのだろうか。
心の中が、何故かざわつく。
…正直、隣で見ていて面白いものではない。
必死に、眉間に皺が寄らないように気を付けながら、
令嬢達の挨拶を迎えていく。
「殿下」
今度は別の令嬢が声をかけてきた。
青いドレスに腰丈のロングヘア。
大人びた印象の令嬢が近づいてくる。
「私も、先日のパーティでお話をさせていただきました。
受けて頂いた相談も、殿下の助言で、解決に向かっております」
「…そうか」
レオンはそっけなく返す。
照れているわけでも嬉しく思っているようでもない、
無表情のまま紅茶を一口飲む。
レオンは、仕事が出来ないわけではない。
ただ、やる気が無いだけだ。
パーティやこういったお茶会で助けられた貴族は、少なくはない。
頬を染めた青いドレスの令嬢は、レオンへ申し訳なさそうに顔を寄せてきた。
「もしよろしければ今度、我が領地へいらしてくださいませんか?」
「……僕が?」
「はい。ぜひご案内したい場所がございますの。
レオン様の助言で出来上がった工場を、ぜひ一目見ていただきたく」
「そう」
「お嫌ですか?」
「いや……別に」
レオンはそう言って、また紅茶を飲む。
その様子を見て、私は気を付けていたのに、眉をひそめた。
…慌てて眉間を揉みほぐす。
この人は……何なのだろう。
断るでもなく、喜ぶでもない。
ただ言われたことに返事をしているだけ。
こんなのはお茶会でもなんでもない、
…レオンという投書箱に、ただ感想を投げているだけの壁打ちでしかない。
そんな事もお構いなしに、令嬢達は次々とレオンに話しかける。
「殿下はお好きなものはございますか?」
「……特に」
「では、休日は何をされているのです?」
「…何も」
「まあ!」
令嬢たちは笑った。
「殿下ったら、お茶目でいらっしゃいますのね」
……お茶目?
私は思わず、顔を背けてため息をついた。
この人は本当に、何もしていないだけなのに。
何もしていないだけなのに、声をあげられる。
…その隣では、一日の半分を勉強に費やしている婚約者がいる、というのに。
「殿下」
最初に話しかけていた黄色のドレスを着た明るい令嬢が、少し身を寄せる。
…距離が近すぎる。怪訝そうな眼を向けてけん制するが、
令嬢はこちらを見向きもしない。
「もし私が殿下のお傍にいられたなら……もっと殿下のお力になれると思いますわ」
「…」
レオンは黙った。
恐らくだが、不機嫌になっているだろう。
他の令嬢も、身の程知らずを見る目で、その令嬢を見ていた。
「……そう」
注意しようとした時、ぽつり、とレオンがつぶやいた。
「ええ。殿下がどれほど大変なお立場なのか、私、理解しております。
そんな殿下のお力になりとうございます。
もしよろしければ、我が領地にいらっしゃいませんか?
このお茶会よりも、濃密な時間をご提供いたしますわ!」
私は思わず口を挟みそうになった。
まるで私が力不足みたいに。まるでこのお茶会が、退屈と言わんばかりの物言いに。
…あなたに何が分かるの。
「私、あなたのお傍にいたいんですの!」
減らず口の彼女を、私と他の令嬢は、冷ややかに見ている。
お前が傍にいたいのは、王妃の座だろう、と。
私だけでなく他の令嬢も、誰もが彼女に眼で訴えていた。
不敬極まりない発言に、
思わず食ってかかりそうになるが、ぐっと堪える。
ここで食ってかかれば、この手のタイプは被害者面をして喚き散らかす。
…あとでこの令嬢の家に抗議文を送ろう。
それが筋であり、…最も穏便だ。
そう考えながら、この場の収め方を考えていると…、
「じゃあ」
レオンがぽつりと言った。
ただ言葉を投げられるだけの壁だったレオンが、
自ら言葉を久しぶりに紡いだ。
「…僕が王子じゃなかったら?」
「……え?」
意味深に、質問を投げかけた。
続けざまに、レオンは令嬢に尋ねる。
「僕がただの平民になっても、君は僕を支えてくれる?」
令嬢の笑顔が、石膏のように固まった。
無論、私の顔も。
この人は、一体何を言っているのだろう。
…そんなことを、他の令嬢が聞いている前で言わないでほしい。
「そ、それは……」
言い淀む。
それがもう、答えであった。
この令嬢は、最初からレオンの事なんて見ていない。
欲しいのはレオンではなく、王家の紋でしかない、と。
「……そっか」
レオンはそれ以上、何も言わなかった。
私は咄嗟に声を上げる。
「申し訳ありませんが、殿下はお疲れのようですので、
この場はそろそろ、お開きとさせていただきます。」
レオンと2人で立ち上がり、礼をする。
「この度は御集りいただき、ありがとうございました」
「…」
礼をしたまま、話さないレオン。
横目で見た顔は、何も感じさせない無表情だった。
私は、自分の握りしめた手の平に、自分の爪が食い込むのを感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
令嬢達はそれぞれ馬車に乗り込み、家へと帰っていく。
メイド達にお茶会の片付けを任せた後、私はレオンを探す。
「…いた」
夕暮れが差し込む王城の廊下で、部屋に帰ろうとするレオンを呼び止めた。
「レオン!」
レオンは声に反応し、足を止めた。
今日の、あの令嬢への質問に対して物申さねば気がすまなかった。
レオンがこちらを見る。
「何?」
「何、じゃありません!なぜ、あのような質問を?」
「…あの質問?」
首をかしげすらしないレオン。
何が悪いのか、というような反応だった。
呆れて口が閉じないかと思った。
「…僕が王子をやめても支えてくれるか、という質問です。
あのような質問をされては、王子が王家を抜けたいと思われるかもしれません」
「…」
仮でも、例えばでも、もしもでも
市民と王家を繋ぐ貴族達に、
王子をやめても、なんてことは、言ってはならない言葉であった。
しかも次期国王である、王子が、
そんな言葉を口にするなんて。
…その言葉に尾ひれがついてしまうと、王家の信用が落ちる。
それほど、注意せねばならない言葉であった。
「…あのような質問は、…もうやめてください」
「……ごめん」
まただ。
また謝る。
私は頭を抱えて首を横に振る。
こういう時、言葉が出ないものだが、
なぜか今日ばかりは、止まれなかった。
「…あなたは王子なんですよ。」
懇願するように、口から…説教が止まらない。
「…今日だって公務を抜けて、お茶会に参加。
そのような行動は、女性関係にうつつを抜かしていると思われかねません!
もう少しご自分の立場を――」
「……うん、ごめん」
レオンは俯いた。
…また、…謝る。
「…ッ…」
…本当は。
本当に、訊きたかったのは、こんな事じゃないのに。
どうして、今日…お茶会に参加してくれたのか。
それが訊きたかった。
なのに…口をついて出たのは、お説教。
「ごめんなさい、レオン…久しぶりに外に出てくれたというのに」
「…いいよ、僕が悪いんだ」
眼を伏せるレオン、…また、謝らせてしまった。
「…」
「…」
気まずい無言の中、レオンから口を開いた。
「…ねえ、…リゼ」
「…なんでしょうか」
…なんだか、こんな会話も久しい気がする。
いつもは私が怒って、レオンが、謝るか頷くだけの会話。
レオンから話しかけることも、本当に久しぶりだった。
「…僕が王子じゃなくても、傍にいてくれる?」
「当たり前です、貴方を支えるのが…私の役目です」
「…そっか」
笑っているのか、落胆したのかわからない声色だった。
満足したのか、レオンは部屋に戻っていった。
少し前から様子はおかしかった。
でも今日は、…なんだか、…何もかもを捨てそうな、
…そんな雰囲気が垣間見えた気がした。
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