第13話
『人は見かけが全てではない。
その人の行動こそが、その人の全てだ。』
…厳しかった母の言葉。今も私の胸にある。
だけど、その行動の心理を、正しく読み解く。
それが出来なければ…、大切な人を失う事だってある。
母から教えてくれた言葉には、きっとその意味もあったのだろう。
私は、それを知らず、一度レオンを失いかけた。
ここはアルヴェリア王国。
海沿いに面した辺境国ではあるが、広大な土地を持ち
たくさんの貴族が住まう、立派な国だ。
私はリゼット。リゼット・アルヴェリア王太子妃。
アルヴェリア王国の王太子――レオンハルト王太子の妻だ。
窓から見下ろせる港町。これがアルヴェリア王国。
それらを支えるためには、王国の力だけでなく、周辺国との協力、
そして国を支える貴族との連携。
王太子妃として、王族として、
それらを支えなければならない。
…もちろん、夫であるレオンハルトと共に。
でも、いつも支えるわけじゃない。
ある程度は…他の人にも支えてもらう。
それが、今のアルヴェリア王制の…暗黙のルールになっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝、のんびりとした時間。
侍女が私をナイトウェアからドレスに着替えさせる。
ふと、侍女に尋ねてみた。
「今日は、レオンの様子はどう?」
そう言うと侍女は思い出しながら答えた。
「今日は午前から財務省との会議、
午後からは…ローリア帝国の外交官と会議でしたが…」
でしたが、と答えた時点で、
私は微笑んだ。
「サボりね」
「ええ」
侍女と私は、もう驚かなかった。
そして、私の午後の予定も決まった。
「午後から私もレオンの所に行くわ。
外交官には…お金を少し渡して観光してもらって。
接待費で計上してくれて構わないわ」
「かしこまりました、家令に伝えておきます」
着替えが終わった侍女はお辞儀をして部屋を出る。
私も鏡を見て髪型を少し整えてから、執務室に向かう。
王太子妃になってから、私にも仕事が増えた。
孤児院への訪問、医療施設の視察。
…アルヴェリア王国の顔としての役割。
それが、今の仕事。
執務室の扉を開ける。
部屋は広く、以前のような紙に埋もれた部屋なんかではない。
トレーに置かれた嘆願書たちは、
最終の確認が王太子に向けられた物。
外交案に、予算の増額。
…前は、メイドの人事異動までもが王子承認だった。
今となっては、レオンが本当に必要なものしか、このトレイには残っていない。
私は書類を手に取り、それらを眺める。
「これは承認、これも承認…、また武器の購入?…はぁ…。否認」
そう、王太子妃になっても、レオンの代わりを務める事もある。
アルベルト陛下公認で、…レオンの負担を減らすために。
もちろん、後で判断したものをレオンに連携する。
…私と、レオンの2人で、公務を進めていく。
この時間は仕事であっても、私にとって幸せだった。
コンコン、ノックが2つ。
時計を見れば、既に正午を回っていた。
「どうぞ」
声をかければ、扉が開く。
その向こうにいたのはレオンだった。
「おはよう、リゼ」
「ええ、…もうお昼ですがね」
私は椅子から腰をあげ、レオンに席を譲る。
仕事をするかどうかは置いておいて、ここは本来、レオンの席だからだ。
「構わないよ」
「…何故?」
「今日はもう仕事するつもりは無いから」
子供のような笑顔で、微笑むレオン
「そうですか」
そう言って私とレオンはくすくすと笑った。
その時だった。
「レオンハルト殿下!」
丸い体を無理やり貴族服で包んだ男、
外務省の大臣が執務室に飛んできた。
そういえば、レオンは午後からローリア帝国の外交官と話があると言っていたっけ。
「どういうことですか!ローリア帝国との外交を延期とは!
しかも土壇場で!何をお考えですか!」
「だって…」
子供のように口をとがらせるレオン。
それに私は付け加える。
「すでに、王城付近を観光できるよう、金貨を数枚お渡しする手筈になってますよ」
「だそうだ」
便乗するようにレオンは頷いた。どうだ、とばかりに胸を張る。
しかし大臣は納得しなかった。
「そんな話関係ありませんよ!ローリア帝国との関係の悪化すれば
ほほ、本当に戦争に…」
「そんな余裕、向こうに無いと思うがな」
あっけらかんとレオンは返した。
「ローリア帝国は3年前に隣国に宣戦布告と同時に侵攻開始、
今なお攻め落とせない所を見ると、…我が国に助けを求めに来た、と見る」
「…」
「であれば、今焦って外交取り付けるよりも、
『いつでも断れる』と立場を明確にしてやる方が、
こちらに有利に交渉が出来るだろう?」
「れ、レオンハルト殿下…そこまでお考えを…」
レオンは、仕事をサボるが、出来ないわけではない。
情勢を読み取り、ばっさりと切り捨てる。
「さ、お金はリゼから受け取ったのだろう?
なら観光させてやれ。案内役も何人かつけてやれ、費用は後で請求しろ」
「は、はいぃぃ!」
慌てて大臣は執務室を飛び出していった。
その勢いは、丸い体がころころ転がるようだった。
「…さすがですね、レオン」
「王太子ですから」
に、と優しく口角を上げる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後から、私とレオンは庭に出た。
共にお茶を頂く、ちょっとしたピクニックだ。
「レオン、スコーンが届きましたよ」
2人でお茶をいただいていると、侍女がワゴンにスコーンを乗せて運んでくる。
「ああ、ありがとう」
私とレオンは俺を言って、スコーンを割っていただく。
ちら、とレオンを見れば、あっという間にスコーンを平らげてしまった。
「…よく食べますね」
「最近、お腹が減ってさ…」
病気が酷かった頃と比べれば、レオンの頬は丸みを帯び、
柔らかく、順調に肥えていっていた。
今日見た大臣のように、体が丸に近づいたりするのだろうか。
「良い事です。私の分も食べますか?」
「いいよ、…リゼも食べて。美味しいから」
2人で仲良くスコーンを割って食べる。
これだけで、…幸せを感じていた。
アリマ先生いわく、うつ病に完治は存在しない。
あるのは、症状が現れない寛解と呼ばれる状態。
ありがたい事に、レオンは今、症状がまるっきり出ない状態だった。
もちろん、王太子になってから、仕事も増えた。
それでも、前のように押しつぶされないのは、
私の責任別の最終承認の制度制定。それと…レオンのサボリ癖だ。
「王太子殿下!またサボりですか!?」
「今リゼとお茶会中だ!邪魔をするなよ?」
レオンの世話をしていた侍女が、遠くの廊下を通りかかり、
庭に向かって声をかける。
それに合わせてレオンが声をかけた。
冗談めかして言ってはいるが…今最近、レオンはこう呼ばれている。
「相変わらずの、『サボリがちな王太子』ですね!」
そう言って侍女は持ち場に戻っていった。
サボリがちな王太子。
不名誉で、貴族社会に浸透すると、王族の信用問題に関わりそうなあだ名だ。
「いいんですか?」
「何が?」
「あだ名ですよ。否定しなくてもいいんですか?」
思わずレオンに訊いてみた。
しかし、レオンは。
「言わせておけばいい」
どこかいい加減そうに、そう言った。
そして、こう続けた。
「サボるのを選んだのは、私だ」
選ぶ。
昔のレオンは…それすら出来なかった。
選ぶ事すら出来ず、耐えて、無理に動こうとして…
気が付けば、部屋から出られなくなった。
そして今は、サボることを選んで、サボっている。
私は微笑んだ。
「…なら、言わせておきましょうか」
「そうだな」
そう言って私たちは、2人そろって紅茶を飲んだ。
先ほど食べたバターの風味と甘さが、すっきりとした紅茶の香りを高めてくれる。
「飲み終えましたね」
「そうだな」
レオンが空高く飛んだ鳶を眺めた。
自由に飛び立つ鳶。何ひとつ、しがらみなど無い青い空。
何を考えているんだろうか。
そう思いながらレオンの横顔を眺めていた。
「リゼ」
「はい」
不意に、レオンがこちらを向いた。
「明日は、休もうか」
そう言った。
「はい、休みましょう」
私もそう言った。即答だった。
最近では、レオンが休みたい、と言うなら
私は即答するようにしている。
しかし、レオンが欲しかった答えはそうじゃないみたいだった。
「…君も、休んで欲しい」
「…私も?」
自分がサボるのは自由、だけど他人はどうしようもない。
だからレオンは、私にもサボってほしい、そう言った。
「…では、明日は何をしましょうか」
「うーん」
私が尋ねると、レオンが顎を抑えて考えた。
…アルベルト陛下も、似たような仕草で顎髭をなでる癖があったな。
そう思いながら、見つめていると、レオンが言った。
「2人で、甘い物でも食べにいこう」
「はい」
また、即答しては、2人で微笑んだ。
遠い目をして、レオンはひとつ溜息をつく。
「王太子も悪くない」
「そうですか?」
「…好きな時にサボれるし」
「そこですか」
私は苦笑しながら、紅茶のおかわりを注ぐ。
今日はもう少しだけ、…レオンとサボろう。
――――
アルヴェリア王国には、サボリがちな王太子と、王太子妃がいる。
国にいる誰もは、それを責める事はしなかった。
なぜなら、サボって休む事だって、
大事な仕事のひとつだったから。
完
サボりがちな王子 ―病名は鬱病でした― オーダマン @audaman
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