第6話 朽ちた町

山道を下りると、町が見えた。

男は足を止める。

「……変わったな。」

かつて麓には、小さな門前町があった。

参拝客で賑わう土産物屋。

団子を焼く香ばしい匂い。

子どもたちの笑い声。

正月には石段の下まで長い列ができていた。

その面影は、もうどこにもない。

道路はひび割れ、アスファルトの隙間から大木が根を張っていた。

信号機は傾き、蔦に絡め取られている。

ガラスの割れた商店には、木々が屋根を突き破るように伸び、二階の窓から枝葉が風に揺れていた。

自然が町を飲み込んでいた。

少女は静かに辺りを見回す。

「これが……町。」

男は頷く。

「昔は人で溢れてた。」

「信じられません。」

「俺もだ。」

二人はゆっくり歩き始める。

コンビニだった建物。

駅前広場。

郵便局。

すべてが時間の中へ沈んでいた。

男は一台の自動車の前で立ち止まる。

車体は錆びつき、タイヤは土に埋もれ、屋根には一本の桜が根を張っていた。

「木が……。」

少女は驚いたように呟く。

「車の中から生えています。」

「種が飛んできたんだろう。」

男は車体を軽く叩く。

鈍い音が返ってきた。

「昔はこれで、どこへでも行けた。」

少女は車を一周する。

「今は誰も使わないのですか。」

「空を飛ぶ方が早いからな。」

少女は少し考え込んだ。

「便利になったのに、この町は残された。」

男は苦笑する。

「便利になるほど、人は集まる場所を選ぶようになる。」

静かな風が吹いた。

道路脇に咲く名も知らぬ花が揺れる。

その美しさは、人がいた頃よりも鮮やかに見えた。

少女はしゃがみ込み、小さな花に触れる。

「きれい……。」

「地球は強い。」

男は空を見上げた。

「人がいなくても、生き続ける。」

その時。

チリン……

どこからともなく、自転車のベルが鳴った。

少女が顔を上げる。

「今の音は?」

男は耳を澄ます。

風に揺れた一台の自転車。

倒れたまま錆びついていたベルが、枝に触れて鳴っただけだった。

少女は少しだけ笑う。

「誰かが通ったのかと思いました。」

「昔は、この道を毎日たくさんの人が走ってた。」

男の視線は、遠い記憶を追っていた。

制服姿の学生。

買い物帰りの家族。

神社へ向かう老夫婦。

誰もが、当たり前の明日を信じて歩いていた。

少女は静かに尋ねる。

「寂しいですか。」

男は少し考えた。

「……いや。」

朽ちた町を見渡す。

「寂しいっていうより、安心した。」

「安心?」

「ちゃんと終わったんだなって思えた。」

少女は意味が分からず首を傾げる。

男は空を見上げる。

崩れたビルの向こうで、一羽の鳥が大きく羽を広げて飛んでいく。

「人は終わることを怖がる。」

「でも終わるから、次が始まる。」

少女はその言葉を胸の中で静かに繰り返した。

終わるから、始まる。

それは百年以上生きてきた彼女にも、まだ知らなかった答えだった。

二人は再び歩き出す。

朽ちた町を抜けた先に、次の巡礼地が待っている。

誰もいなくなった世界には、不思議と静けさだけではなかった。

風があり、花があり、鳥がいた。

そして今。

二人の足音が、新しい物語を刻み始めていた。

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