第3章 ぷるりん分裂! アメリカンデーは大騒ぎ(二)
裏通り。
昼下がりの三沢の街角で、異変はすでに始まっていた。
電柱の根本、マンホールのふたの上、ラーメン屋の軒先、古い酒屋の看板の上――
そこかしこに、ぷるりんがいた。
半透明でやわらかそうなゼリー状の生きものたちが、ぴょこぴょこと跳ね、地面を転がり、人の足元に寄っていく。
「……ほんとに増えてる……」
櫻子が息をのむ。
子どもたちは「かわいい!」と指を差し、大人たちは「着ぐるみ?」「演出か?」とスマホを構えていた。
くるみが撮影を始めると、コメントが怒涛のように流れ出す。
その間にも、ぷるりんは「ぷちゅん!」と分裂を繰り返し、泡が弾けるたびに新たな個体が生まれていく。
「これは……すでに制御不能だ」
センがドローンを飛ばし、上空の映像を確認する。
「ぷるりん、いったいどこまで行く気だ……」
そのとき。
遠くから、ブラスバンドの音とチアの掛け声が重なって聞こえてきた。
「センさん!」
くるみがスマホを指差す。
映し出された映像には、赤白青の山車と、ぷるりんに囲まれたアメリカ兵の姿。
「パレードルートに進行中!!」
センが叫んだ。
「最悪のタイミングだ……お祭りそのものが『ぷるまつり』になるぞ!」
メインストリートは、まさにパレードの真っ只中だった。
吹奏楽の音、焼ける肉の香り、紙吹雪、陽気な「Happy American Day!」の声。
そのど真ん中に――
「ぷる〜!」「ぷるるん♡」「ぷちゅん!」
分裂しながら跳ねる半透明の影たちが突入していた。
「What the!? (なんだ!?)」
「It’s alive!? (生きてんの!?)」
「SO FLUFFY!! (チョーぷにぷに!!)」
ぷるりんたちは山車に登り、兵士の肩に乗り、チューバに入り込み、笑いと混乱が観客をのみこみ始めていた。
「SNS、バズり始めてる……『CGじゃない!』『本物?』『え、飼えるの?』ってコメントだらけです!」
くるみが走りながら叫ぶ。
センが地図とドローン映像を見て唸る。
「もう止められん。なら、『演出』にして押し通すしかない!」
「くるみ!」
「やります!」
くるみはステージへ駆け上がり、拡声器を手に取った。
「みなさ〜〜ん! 本日限りの特別ステージ! サプライズ・ぷるぷる・ショー、始まりまーす!!」
その声がスピーカーから会場に響き渡った瞬間、子どもたちの目がいっせいに輝いた。
「ぷるるんだー!」「ほんもの!?」「動画撮る〜!!」
会場の空気が、「パニック」から「ショータイム」へと一変する。くるみの声が鳴り響いた瞬間、会場の空気が変わった。
「ぷる〜!」「ぷちゅん!」「ふわわ〜!」
半透明の群れが、風に乗った泡のように広場を埋め尽くしていく。
子どもたちは歓声を上げ、アメリカ兵はスマホを構え、屋台のおじさんまで踊りだす。
「Oh my god it’s real!? (まじ? これ本物?)」
「Cute! It’s so cute!! (カワイイ! チョーカワイイ!!)」
「ぷるぷる〜!ハグしていいの!?」
笑いと悲鳴とフラッシュが入り混じる中、ぷるりんたちは――
\山車に乗り/
\兵士の肩にちょこんと座り/
\紙吹雪の上でくるくる舞う!/
ほんとうに、もともとこのパレードの主役だったかのように。
「ぷる〜!」「ぷるぷる〜ん!」
パレードルートを埋め尽くす勢いで、半透明でぷるぷるした影たちが進行していく。
観客の笑い声、混乱、驚き――祭りが、見たこともない「異常な愛らしさ」に包まれていた。
「完全に『ぷるまつり』状態ですね……」
くるみが配信画面をスクロールしながらつぶやく。
「――あった」
センの声が低く響いた。ドローン映像と手元の地図を見比べながら、メモを取る。
「今まで観測された全ての分裂個体……共通点がある。冷えた場所で活動が鈍くなるんだ」
「たしかに!」櫻子が叫ぶ。「ぷるりん、本体も『さむいと落ち着くぷる』って言ってました!」
「なら……」
センは無線のマイクを握った。
「三沢おばけ社に伝達。『冷却プール』を設置せよ! そこに集めて、動きを止める!」
「了解ワン! 交渉してくるワン!」
ポチゾンビが米軍テントへと走り出し、くるみはステージへ駆け上がる。
「みなさーん! 聞いてください!」
くるみが拡声器で叫ぶ。
「今見えてる『ぷるぷる』たちは、本当に危険じゃないです! でもこのままだと、お祭りが中止になっちゃうかもなんです!」
子どもたちの笑顔、大人たちのざわつく目が、ステージに向く。
「ぷるりんたちは、冷たいところに集まると大人しくなる性質があります。だから、今から広場に――」
後ろの広場で、米兵と地域の消防団、PTA連合が協力し、大きなビニールプールに氷を投げ込んでいる。
「――超特大冷却プールを用意してます! どうかみなさんの力で、ぷるりんをそこに集めてあげてくださーい!」
拍手が広がる。観客の中から「いくぞー!」「手伝うわよ!」の声。
「そっと、やさしくね! 乱暴にしないで! ぜったい、怖がらせないで!」
老若男女、浴衣の子どもたち、米軍の兵士や地元のおじさんまでが、協力してぷるりんを抱きかかえ、氷プールへと運んでいく。
「ぷるるる……♡」
キラキラと光りながら、集まったぷるりんたちはプールの中でゆっくりと落ち着いていった。
その中心で、ぷるりん本体がふるふると震えながら、つぶやいた。
「……ぷるりんね、ほんとは、さみしかったぷる」
「仲間がいないから、誰とも遊べなくて、夜になると……こっそり泣いてたぷる」
櫻子が近づいてしゃがみこむ。
「だからね、増えたとき、すっごく嬉しかったぷる! みんながいて、いっぱい話しかけてくれて……」
でも、と続けた。
「……いっぱいすぎるとね、今度は、誰の声も聞こえなくなったぷる。顔も、どれが誰か、わからなくなったぷる……」
泡が、ぽとり、と表面に浮かぶ。
「ひとりもさみしい。でも、多すぎても……見えなくなるんだぷる……」
櫻子が、そっと手を差し出した。
「もう、大丈夫。みんな、ちゃんと『あなた』を見てるよ」
「ほんとぷる? ちゃんと……ぷるりんのこと、見えてるぷる?」
「うん」
櫻子は静かに微笑む。
そして、そっと首元の小さな鈴を手に取った。ひと呼吸おいて――やさしく、鳴らす。
チリン……。
澄んだ音が、夜の空気にしみこむように広がった。
次の瞬間。
暗くなった広場の中で、冷却プールの水面から、無数の金色の光の粒がふわりと舞い上がる。
そのひとつひとつが、蛍のように、空へと昇っていく。
分裂していたぷるりんたちが、その光に導かれるように――ゆっくりと、ひとつに、戻っていく。
「……ありがとうぷる。おともだち……」
ぷるりんは、そっと目を閉じ、やすらかな微笑みを浮かべた。
「ぷる〜……またね……」「あそんでくれてありがとう……」
金色の粒になって舞い上がる姿は、天の川が地上に降りてきたみたいだった。
そのとき。
くるみが、マイクを静かに口元に寄せた。
「みんなで、言ってあげよう? ぷるりんに――」
「おやすみ、って」
最初は小さなささやきだった。
けれど、それがひとつ、またひとつと重なっていく。
「おやすみー!」
「Good night, pururin!!」
「おやすみぷる〜!」
浴衣の子どもたちも、アメリカ兵も、出店のおじさんも、ベビーカーを押す母親も。
国も言葉も年齢もこえて、広場いっぱいに、「おやすみ」があふれていく。
センが空を見上げてぽつり。
「これはもう、音楽だな」
ゲン爺も、目を細めてうなずいた。
「ほんとの祭りの終わりは、こうして『余韻』で締めるものじゃ……」
氷風呂の中、ぷるりん本体が安らかな顔でつぶやく。
「……おやすみ……ぷる〜……」
櫻子はそっとタオルをかけた。
「おつかれさま、ぷるりん。最高のショーだったよ」
深夜、アメリカンデーが終わり、広場には静けさが戻っていた。
月明かりが優しく照らす中、三沢おばけ社の面々は会場の隅で小さな反省会を開いていた。
「う〜〜〜ん! やっぱり反省点だらけだったね〜!」
くるみはエナジードリンクの空き缶を片手に伸びをした。顔には疲労の色が濃いが、どこか達成感も漂っている。
「でも動画の再生数、もう十万超えたよ。タイトルは『謎のぷるぷる生物がアメリカンデーをジャック!』。炎上しなくてよかった〜!」
「次回、しゅわしゅわ系のおばけを派遣する時は、専用の『対泡スーツ』と『冷却バッグ』を用意すべきだな」
センは手元の台帳に、こまごまと反省事項を書き込んでいく。
ゲン爺は遠くを見つめて、ふぅと一息ついた。
「あやつ、最後の『間』をきっちり守ったのう。わしよりよほど舞台をわかっておる」
「『間』?」
「光る前の一拍じゃ。あれがあると観客は『来るぞ来るぞ……来たぁ!』となる。まさに芸じゃ。……わし、ちょっと泣いた」
そのとき、ポチゾンビが櫻子の肩にのぼり、缶を差し出した。
「社長〜。これ、ぷるりんから預かったワン」
それはくしゃくしゃになった「ビースト・ドリーム」の空き缶。
そこにはマジックで、たどたどしい文字が記されていた。
――「おともだち、ありがとうぷる。」
櫻子はそれを両手で受け取り、胸にぎゅっと抱きしめた。
「……うん。こちらこそ、ありがとう。がんばったね、ぷるりん」
その言葉に応えるように、広場にかすかな風が吹き、どこからともなく「ぷる〜……」という眠たげな声が漂った。
「あいつ、もう夢の中かも」
くるみが微笑む。
センが時計を見て、短くうなずいた。
「撤収、一時間。記録完了」
「ええ、おつかれさまでした、みんな」
櫻子の言葉に、全員が小さく手を振る。三沢の夜が、ふたたび静かに包み込んでいく。
おばけたちの働きを知る者は、ほんのひと握り。けれど、この街の子どもたちの心には――
あの夜、みんなでかけた「おやすみ」の声が、いつまでもやさしく、残り続けるのだった。
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