第2章 うそつきと秘密のビー玉(三)

 その瞬間、町の反対側――


 三沢おばけ社の事務所で、櫻子のポケットがほのかに光った。


 祖母から受け継いだ『イタコの鈴』。


 「報酬」が、本当に届いたときだけ鳴る、やさしく長い音色だった。


 「届いたね。あの『七秒』」


 櫻子がそっとつぶやくと、センが帳簿に静かに線を引いた。


 「報酬、確かに受領。……これにて、契約完了」


 その言葉と同時に、咲良の部屋では――


 残っていた嘘玉たちが、ぱあっと光を放ち始めた。


 澄んだビー玉のような粒が、あたたかな光のかけらに姿を変え、部屋いっぱいに舞い上がっていく。


 「きれい」


 咲良が、ふわふわのぬいぐるみを抱きしめながら、ぽつりとつぶやいた。



 咲良は、ふと布団を抜け出して、ぬいぐるみたちに目をやった。


 きっちりと並べられていたぬいぐるみたちは、昨日の騒ぎで少しだけ乱れている。


 けれど。


 「……このままで、いっか」


 咲良は、小さく笑って、その中のひとつ、少しだけ耳が取れかけたくまを手に取る。


 「……今度は、『ほんとう』のこと、ちゃんと言う練習……してみる」


 その声は、昨日よりも、ほんの少しだけ大きかった。


 ぬいぐるみたちを、以前よりも少しだけゆるく、でも優しく並べなおす。


 きっちりでなくてもいい。完璧じゃなくても、だいじょうぶ。


 その気持ちが、咲良の胸の奥にふんわりと広がっていた。


 最後に、くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、咲良は、部屋の扉に向かう。


 その手前で、くるりと振り返った。


 昨日、泣きながらこぼした「ほんとう」の声。あたたかく光って消えていった嘘玉たち。

 ――全部、胸の中で静かに灯っている。


 「……ありがと」


 咲良は、誰にともなくそうつぶやいて、ぺこりと頭を下げた。



 その夜、三沢の空は、やさしい風が吹いていた。


 三沢おばけ社の事務所では、いつものように、ポットから湯気が立ちのぼっている。


 ちゃぶ台の上に置かれた湯飲みには、香ばしいほうじ茶の香りがふんわりと漂っていた。


 「よかったですね、センさん。今回も無事に終わって」


 櫻子は、あたたかい湯飲みを両手で包みながら、笑顔を見せた。


 センは帳簿を閉じながら、いつもの無表情で答える。


 「当然だ。私の見積もりは完璧だからな」


 その口ぶりは冷たくも見えるけれど、ペンを置く手は、どこか穏やかだった。


 「嘘玉十個とはな……」

 ゲン爺が湯飲みをすすりながら、ぽつりとつぶやく。


 「ふつう、そんなにため込むもんじゃないんだが……よう持ちこたえたのう、あの子」


 「咲良ちゃん……がんばってましたから」


 櫻子は、遠くの空を見つめるように、そっと言葉をこぼす。


 「ちょっとだけでいいから、誰かに見てほしかったんだと思います。『ちゃんとできてる自分』じゃなくて、『ほんとうの自分』を……」


 「わかる気がしますな」


 ゲン爺は、ゆっくりとうなずいた。


 「……わしもな、若いころは食えん芸を抱えてのぅ。『大丈夫だ』って嘘ばかりついとった。

 けど、その嘘も、弱さも、まるごと見抜いて――笑ってくれた人が、おったんじゃ」


 その目尻に、細かいしわが寄っている。


 「芸ごと、わしを受け止めてくれとった」


 櫻子は、その言葉に、ふっと笑みをこぼす。


 「でも、届いてましたよ。咲良ちゃん、笑ってました。……ゲン爺さんの芸で」


 「ほんとか?」


 ゲン爺は、少し照れくさそうに頭をかいた。


 センが、湯を一口すすりながら、淡々と語る。


 「自分の声を、誰かに受け止めてもらえた子どもは、強くなれる。おばけも、人間も、そこは同じです」


 その言葉に、櫻子は、そっと目を閉じた。


 「……三沢おばけ社も、そんな場所になれたら、いいですね」


 事務所の外では、風鈴が、ちりんと鳴った。


 夜の風が、どこか甘く、あたたかい匂いを運んできた。

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