第10話 銀葉草
「兄ちゃん」
「はい」
「魚って毎日見てて飽きない?」
「飽きたら困ります」
「それもそうか」
客が笑った。
青年も笑った。
魚を並べる。
氷を足す。
値札を直す。
いつも通りだった。
最近は少し違う。
魚を見ながら。
時々、別のことを考える。
塔。
書庫。
庭。
薬草。
近所の方。
意味不明な単語ばかりだった。
しかも増え続けている。
そして女は気にしない。
そこが一番意味が分からなかった。
◇
仕事を終える。
帰宅する。
飯を食う。
通信板を開く。
『魚屋』
『きた』
『観測』
『近所の方定期』
『まだ出ると決まった訳じゃない』
『でも出てほしい』
『人気者だからな』
『近所の方が?』
『近所の方が』
青年は少し笑った。
何なんだろうな。
本当に。
◇
《異世界観測》
◇
女は帰宅していた。
椅子へ座る。
動かない。
『停止』
『電池切れ』
『本日も平常運転』
しばらくして。
女が口を開く。
「妖精」
『はい』
「疲れた」
『本日一回目です』
「数えるな」
『正確性は重要です』
「重要じゃない」
『そうでしょうか』
『いつもの』
『安心する』
女は飲み物を飲む。
菓子を食べる。
少しぼんやりする。
それから思い出したように言った。
「そういや」
『はい』
「近所の方また来た?」
通信板が静かになる。
『来た』
『その話だ』
『聞け』
妖精は答えた。
『来ました』
「何しに」
『薬草を見に』
「好きだねえ」
『警戒しているのです』
「なんで」
『銀葉草です』
初めて聞く名前だった。
「ぎんようそう?」
『薬草です』
「へえ」
『増殖力が高いことで有名です』
「雑草みたい」
『薬草です』
「増えるんだ」
『かなり』
「へえ」
『放置すると庭が銀色になります』
「銀色?」
『夜になると葉が銀色に光ります』
通信板が少しざわついた。
『光るのか』
『ちょっと綺麗』
『見たい』
『塔の情報増えたぞ』
『夜光る薬草』
『ちょっと好き』
女も少し興味を持ったらしい。
「綺麗じゃん」
『最初は』
「最初は?」
『庭一面になります』
「怖いな」
『怖いです』
通信板は納得していなかった。
『説明が雑』
『いつもの』
『単位が欲しい』
◇
「なんかやらかした?」
『少々』
「少々」
『近所の方の敷地まで伸びそうになりました』
「怒られるやつじゃん」
『怒られました』
「だろうね」
『かなり』
「かなりなんだ」
『かなりです』
「何したの」
『増えました』
「銀葉草が?」
『はい』
「説明になってない」
『根が横へ伸びるのです』
「へえ」
『塀の下を通り』
「うん」
『塀の向こうへ進出し』
「うん」
『怒られました』
「だろうね」
女は即座に納得した。
青年も同じ感想だった。
だろうね。
薬草なのに怖い。
近所の方が気の毒だ。
通信板も同じことを考えていた。
『近所の方かわいそう』
『被害者だろ』
『薬草のやることじゃない』
『侵略植物じゃん』
『銀葉草怖い』
◇
女は少し考える。
そして。
「ミントみたいなやつ?」
『あれより数倍清涼感があります』
「強そう」
『口にすると身体に真冬が訪れます』
沈黙。
女も止まる。
通信板も止まる。
青年も止まる。
「それ薬草?」
『薬草です』
「身体に冬来るんだよね」
『来ます』
「薬草?」
『薬草です』
「本当に?」
『本当です』
「怖くない?」
『夏場は人気があります』
「そうなんだ」
『冷却効果が非常に高いので』
「へえ」
『妖精族は好みます』
「へえ」
受け入れた。
また受け入れた。
通信板が騒ぐ。
『受け入れるな』
『そこだろ』
『一番おかしいところだろ』
『身体に冬が来るんだぞ』
『もっと聞け』
『例の女には無理』
◇
「近所の方は食べるの」
『食べません』
「まともだ」
『まともですね』
「じゃあ何で見に来るの」
『増えていないか確認です』
「監視対象じゃん」
『前科がありますので』
「だろうね」
女は笑った。
妖精も少し楽しそうだった。
銀葉草の話は終わった。
◇
だが通信板は終わらなかった。
『待て』
『何だ』
『最近情報増えてないか』
『増えてる』
『かなり』
『覚えきれん』
『塔だけで何個あるんだ』
『書庫』
『庭』
『近所の方』
『薬草』
『銀葉草』
『夜に光る』
『根が伸びる』
『夏に人気』
『もう分からん』
『過去ログ見返せ』
『量が増えてきたな』
『前は妖精だけだったのに』
青年も少し思った。
確かに増えている。
最初は妖精だけだった。
今は違う。
書庫がある。
庭がある。
薬草がある。
近所の方がいる。
気付けば結構な量だった。
『誰かまとめろ』
『必要だな』
『覚えられん』
『塔設定増えすぎ』
すると。
『過去ログ漁るの好きな錬金術師だが』
『来た』
『有識者』
『まとめ屋だ』
『頼んだ』
『やる』
◇
少しして。
一覧が貼られた。
『塔関連まとめ』
・塔がある
・書庫がある
・庭がある
・薬草を育てている
・近所の方がいる
・銀葉草という薬草がある
・夜に葉が銀色に光る
・増殖力が高い
・根が横へ伸びる
・夏場に人気
・近所の方の敷地まで伸びそうになった
・怒られた
以上
『助かる』
『見やすい』
『有能』
『まとめ屋』
『記録係じゃん』
『もう記録係でいいだろ』
『過去ログ錬金術師改め記録係』
『異議なし』
『異議なし』
『正式採用』
『本人の意見は』
『便利だから駄目』
『ひどい』
こうして記録係が誕生した。
◇
青年も一覧を見る。
少し前まで。
塔には妖精しかいなかった。
今は違う。
書庫がある。
庭がある。
薬草がある。
近所の方がいる。
そして。
銀葉草で怒られる日常がある。
一つ一つは小さい。
世界の秘密でもない。
英雄譚でもない。
だが。
こうして並べると。
そこには確かに生活があった。
『なあ』
『何だ』
『塔』
『うん』
『ちょっと実在しそうじゃないか』
通信板が静かになる。
青年も否定できなかった。
「……なんなんだよ」
青年は呟く。
「その塔」
答える者はいない。
だが昨日より少しだけ。
塔は本物らしく見えた。
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異世界のなんJ民に私が監視されている @hamham_lab
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