第24話 確信

大型案件まで、あと三日。

部署全体が張り詰めた空気に包まれていた。


朝から機材の積み込みが続き、倉庫ではケースを開け閉めする音が絶えない。


「馬場さん、このリスト確認お願いします。」


後輩が書類を差し出す。


「ありがとう。」


受け取って目を通す。


そのとき、ふと違和感を覚えた。

「……あれ?」


予備機材の欄。

昨夜、自分で赤ペンで書き足したはずの注意書きが、きれいに消えていた。


―予備HDMI ×2


その横に書いた、


※現場搬入前に必ず主任確認


という一文だけがなくなっている。


消しゴムで消したわけではない。

修正液でもない。

代わりに、きれいに印刷し直されていた。


「印刷し直した……?」


誰が?

なぜ?



「どうしたの?」


振り返ると、さくらだった。

「資料、何かあった?」


「……いえ。」


涼子は書類を閉じた。


「私の勘違いやと思います。」


「そうですか。」


さくらは安心したように微笑む。

その笑顔は、本当に穏やかだった。


________________________________________


昼休み。

誰もいない給湯室。

涼子は紙コップのコーヒーを持ったまま、窓の外を眺めていた。

そこへ、さくやが入ってくる。


「休憩ですか?」


「ちょっとだけ。」


「珍しいですね。」


「ん?」


「馬場さん、疲れた顔してます。」


「そんな分かりますか?」


「分かります。」


関西弁が混じる。

「なんや、それ。」


「いや、なんとなく。」


二人は少し笑う。

その笑いは、いつもと変わらなかった。

だからこそ、涼子は言葉を飲み込む。



――言えない。



もし、自分の思い過ごしだったら。

もし、全部偶然だったら。

そんな話をした瞬間に、部署の空気を壊してしまう。

それだけは嫌だった。


________________________________________

その日の夕方。

現場から戻ると、さくらが倉庫で備品を整理していた。


ラベルを貼り替え、

収納場所を揃え、

ケーブルを長さ順に並べている。


「お疲れさまです。」


涼子が声を掛ける。


「あ、お疲れさまです。」


「整理してたんですか?」


「うん。」

「次の人が分かりやすいように。」


その笑顔に、一切の曇りはない。


「・・・・。」


涼子も笑顔で返す。


「ありがとうございます。」


ありがとう。

その言葉は、本心だった。

本当に、整理はきれいだった。

以前より探しやすくもなっていた。


だから、なおさら苦しかった。



帰宅後。

部屋の電気もつけず、ソファに腰を下ろす。

静かな部屋に、スマートフォンの通知音が響いた。



父からメッセージが届いた。


「母ちゃん、今日はよう寝とる。

心配せんでええ。

お前も身体だけは気ぃ付けや。」


短い文章だった。


涼子は画面を見つめたまま、小さく息をつく。


「……やっぱり、帰ろかな。」


その言葉は、昨日より少しだけ現実味を帯びていた。


________________________________________

翌朝。

出勤前、駅へ向かう道を歩きながら、涼子はふと思う。


「もし、全部私の勘違いやったら。」


その考えは、すぐに別の言葉に打ち消された。


「でも、勘違いやとしても……。」

「人の机のもんは、触ったらあかん。」


その瞬間だった。

涼子の中で、点だった違和感が一本の線になる。




【さくらは悪意でやっているわけではない。】







それは分かっている。


でも、善意だからこそ止まらない。

そのことに、涼子は初めて気付いてしまった。

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