第6章 曇天

第22話 綻び

七月。

ようやく梅雨明けが発表された。

久しぶりに見上げた空は高く、雲の切れ間から強い日差しが差し込んでいる。


「やっと夏ですねぇ。」


涼子が窓を開けると、湿った風が部署へ流れ込んだ。


「暑いけど、雨よりはええです。」


「確かに。」


さくやが笑う。

「洗濯物も乾きますし。」


「生活感ありますねぇ。」


「あります?」


「あります。」


二人の軽いやり取りに、部署の空気が和らぐ。


さくらも、その笑い声を聞きながら静かに資料へ目を落としていた。


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午前中。


同僚が慌てて部署へ戻ってくる。


「すみません!」


「予備のHDMIケーブルって、どこでしたっけ?」


「倉庫の二段目ですわ。」


涼子が答える。


同僚はすぐに倉庫へ向かい、しばらくして首をかしげながら戻ってきた。

「……ないですねぇ。」


「え?」

「昨日あったはずなんですけど。」


涼子も倉庫へ向かう。

棚を確認する。

確かに置いてあった場所にはない。


「おかしいなぁ……。」



その時だった。



さくらが静かに口を開く。


「あの……。」

「ラックケースの予備ポケットに入れました。」


全員が振り返る。

同僚がケースを開ける。

「あっ!」

「ありました!」


主任も苦笑する。

「なるほど。」

「現場で使う可能性あったから移したんだな。」

「助かるわ。」


同僚も安心したように笑う。

「ありがとうございます。」


その場は、それで終わった。

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昼休み。

涼子は缶コーヒーを片手に倉庫を見つめていた。


「どうしたんですか?」


さくやが隣へ来る。


「…いえ。」

「HDMIのことです。」


「ああ。」

「結果オーライでしたね。」


「そうなんですけど……。」


少しだけ言葉を探す。

「うまく言えへんねんけど。」

「前やったら、『移しました』って一言あった気ぃするんです。」

「今回は、探し始めてから言うたやないですか。」


さくやは少し考える。

「たしかに。」

「でも、悪気はないと思いますよ。」


涼子もすぐ頷く。

「それは分かる。」

「ほんまに分かるねん。」

そこに迷いはなかった。


だからこそ、続く言葉が重くなる。


「……せやから、余計に気になる。」


さくやは答えられなかった。


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午後。

現場準備を終え、部署へ戻る。

さくらは誰もいない倉庫で、ラックケースを静かに閉じた。


「現場で探すより。」

「最初から入ってた方が安心。」


独り言のように呟く。


その表情に迷いはない。


誰かを困らせたかったわけではない。


むしろ、その逆だった。

誰も慌てないように。

誰も焦らないように。


その思いだけが、少しずつ行動の範囲を広げていた。


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夕方。

帰り支度をしていると、涼子はふと倉庫の棚へ目を向ける。


空になったHDMIのスペース。


その光景を見て、胸の奥に小さな違和感が残る。


「助かった。」

それは事実だ。


「悪いことじゃない。」

それも事実だ。


それなのに。

どうしてこんなにも、落ち着かないのだろう。


理由はまだ分からない。

けれど、その「分からない」が、確かに心の中で綻び始めていた。

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