第20話 気掛かり
六月最後の金曜日。
朝から激しい雨だった。
会社へ着く頃には靴も裾も濡れ、
部署には「今日はよく降りますね」という声が飛び交っていた。
「咲夜さん。」
涼子が窓の外を見ながら笑う。
「今日は絶対傘忘れたらあきませんよ。」
「今日はちゃんと持ってきました。」
「ほんまですか?」
「本当ですよ。」
「信用できへんなぁ。」
二人が笑う。
その様子を見ながら、さくらも静かにコーヒーを口へ運んだ。
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その日の現場は雨の影響で搬入が遅れ、本番も押し気味だった。
撤収が終わった頃には、夜十時を回っていた。
「お疲れさまでした!」
疲れた笑顔で、それぞれが帰路につく。
会社へ戻る者。
直帰する者。
駅へ急ぐ者。
いつも通りの夜だった。
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翌朝。
土曜日。
部署は休みだった。
しかし、月曜日の現場準備のため、主任だけが短時間出社していた。
倉庫で機材を確認しながら、小さく首をかしげる。
「あれ?」
昨日使ったラック。
乱雑だったケーブルが、きれいに巻き直されている。
予備バッテリーも充電済み。
ケースの中も整然としていた。
「昨日こんなんやったか?」
少し考える。
思い出せない。
「……まあ、助かるか。」
それだけだった。
主任は機材を閉じる。
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月曜日。
朝。
主任が笑いながら話し始めた。
「誰か土曜日来た?」
部署全員が顔を見合わせる。
「来てません。」
「私もです。」
「俺も。」
主任は笑った。
「そうか、じゃあ守り神だな。」
部署が笑いに包まれる。
「また守り神ですか。」
「便利な守り神ですね。」
「給料払わなあきませんね。」
涼子まで笑っている。
さくらも、小さく笑った。
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その日の昼休み。
涼子がコーヒーを片手にさくらの隣へ座る。
「最近…。」
「うん?」
「守り神さん、働きすぎちゃいます?」
冗談交じりに笑う。
さくらも笑う。
「そうかも。」
「でも、助かってる人多いよね。」
「それはそうですね。」
涼子は頷いた。
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「……でも。」
「なんでもやりすぎる人って。」
「自分がしんどくなるんですよ。」
「え?」
「昔の私がそうやったんです。」
「気付いたら、全部自分でやってて。」
「誰にも頼れんようになって。」
「だから。」
「無理だけはしたらあきませんよ。」
さくらは少し驚いたように目を見開く。
「ありがとう。」
「でも、大丈夫。」
「今はちゃんと周りにも頼れてるから。」
「ならええんです。」
涼子は笑う。
その笑顔には、疑いも責める気持ちもなかった。
ただ、少しだけ心配している。
それだけだった。
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その夜。
さくらは自宅で、技術書を開いていた。
ページをめくる。
付箋を貼る。
ノートへまとめる。
ふと、昼間の涼子の言葉を思い出す。
「なんでもやりすぎる人って、自分がしんどくなる。」
少しだけ考える。
そして、小さく笑った。
「私は、大丈夫。」
困っている人がいたら手伝う。
忘れ物があれば戻す。
現場で慌てないように準備する。
それだけ。
誰かの負担が少しでも減るなら、その方がいい。
部屋の窓を雨が静かに叩く。
さくらは再び本へ目を落とした。
その表情に、迷いはなかった。
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