第18話 守り神

六月も半ばを過ぎた。

梅雨空は相変わらず続き、現場へ向かう車の窓には細かな雨粒が流れ続けている。


この日は、さくやと涼子、そしてさくらの三人が同じ班だった。


都内の小規模ホール。

配信を伴う企業イベントの現場だ。


「おはようございます。」


「おはよう。」


「今日もよろしくお願いします。」


機材の搬入が始まる。

それぞれが手際よく持ち場へ散っていく。


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「咲夜さん、そのスイッチャーお願いします!」


「了解です。」


「馬場さん、その隣いけます?」


「任しといてください。」


「ありがとうございます。」


自然な流れだった。

作業は順調に進む。

以前なら、さくらは「迷惑をかけないように」と

周囲を気にし過ぎていた。


しかし最近は違う。


分からないことは確認する。

チェックは必ず二人で行う。


失敗したあの日以来、自分で決めたルールだった。


主任も、その変化には気付いていた。

「橘さん。」


「はい。」


「最近、確認が丁寧になったね。」

「その調子でいい。」


「ありがとうございます。」


その一言だけで、胸の奥が少し軽くなった。



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昼前。

設営も終盤に差しかかる。


「咲夜さん。」


営業担当が少し慌てた様子で近付いてきた。


「提出用の進行表、どこ置きましたっけ?」


「あれ?」

「さっきまで持ってたんですけど……。」


机の上。

ラックの上。

ケースの中。

見当たらない。


「どこ置いたかな……。」


苦笑いしながら探し始める。



その時。

さくらの視線が、機材ケースの上に止まった。

黒いクリアファイル。

他の資料の下に半分だけ隠れている。


「あの……。」

「そこにあります。」


営業が振り向く。

「あっ!」


思わず、さくやも関西弁が出てしまう。

「ほんまや!」


ファイルを取り出し、ほっと息をついた。


「助かりました!」


「危なかった……。」


「ありがとうございます。」


さくらは軽く頭を下げる。

「いえ。」


その場は、それだけで終わった。

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本番も無事に終了し、撤収作業が始まる。


帰り支度をしながら、さくやが笑う。

「最近、不思議と探し物なくなりましたよね。」


「そうですねぇ。」

涼子も頷く。


「この前もUSB見つかりましたし。」

「今日も進行表すぐ見つかったし。」


営業も笑う。

「なんか最近、運いいんですよ。」


「誰か守り神でもおるんちゃいます?」


その一言に、周囲が笑う。

「それはいいね。」

「現場の神様ですね。」


誰も本気では受け取っていない。

冗談だった。


さくらも小さく笑った。


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帰りの車内。

雨音だけが静かに響いていた。


窓の外を見つめながら、さくらは思う。

探し物が見つからない時間は、誰かの焦りになる。


少し気を付けるだけで、その焦りは減らせる。

それなら、その方がいい。

そう考えることに、何の違和感もなかった。


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その夜。

さくやは自宅で仕事用バッグを整理していた。


ふと、小さく笑う。

「最近ほんまに忘れ物減ったな。」


自分でも理由は分からない。

以前と同じように慌ただしく働いている。

それなのに、不思議なくらい「あ、助かった」と思う場面が増えていた。



「ええことや。」



そう独り言をこぼし、バッグのファスナーを閉める。

雨はまだ、静かに降り続けていた。

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