第16話 夜明け

翌週。

会社には、いつもと変わらない朝が訪れていた。


「おはようございます。」

「おはよう。」


挨拶が飛び交い、コーヒーの香りがフロアに広がる。

さくらもデスクへ座り、パソコンを立ち上げた。

画面には、その日の現場一覧が表示される。


さくやの名前は別の現場にあった。


「おはようございます!」

明るい声が響く。


涼子だった。


「咲夜さん、おはようございます!」


「おはようございます。」


「今日の現場、よろしくお願いします!」


「こちらこそ。」


いつものやり取り。


すると涼子が、小さく笑った。

「今日も関西人二人ですね。」

「主任に『また漫才始まった』って言われそうです。」


さくやも笑う。

「もう言われ慣れました。」

「今日は標準語で頑張ります。」


「絶対無理ですやん。」


「いやいや!」


自然な笑い声が部署に広がる。

周囲もつられて笑う。

それだけの、朝の一コマだった。


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昼休み。

社員食堂。


さくらは一人で昼食を取っていた。


少し遅れて、さくやと涼子が入ってくる。


「こっち空いてますよ。」

涼子が手を振る。


「ありがとうございます。」

二人は向かい合って座る。


仕事の話。

現場の話。

テレビ番組の話。

ときどき関西弁が混ざる。

そのたびに、周りから笑いが起きる。


楽しそうだな。


そう思う。


羨ましい、とは思わない。

ただ、自分にはあの空気は作れない。

そんな小さな寂しさだけが胸に残る。


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午後。

デスクへ戻る途中、さくらは偶然、給湯室の前を通りかかった。

中では、さくやがコーヒーを淹れている。


「あ。」


目が合う。


「お疲れさまです。」


「お疲れ。」


「この前の現場、大丈夫でしたか?」


その一言に、さくらは少し驚いた。

「……うん。」

「ありがとう。」


「その後、主任とも話しました?」


「うん。」


「系統図ももう一回確認した。」


「それなら良かった。」


本当に、それだけだった。

特別な励ましもない。

特別な言葉もない。

けれど、その何気ない確認が、さくらには少し嬉しかった。


「じゃあ、午後も頑張りましょう。」


「うん。」


さくやはコーヒーを持ち、そのままデスクへ戻っていった。

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その日の帰り道。

駅へ向かう途中、さくらはふと立ち止まる。


駅前の書店。

仕事帰りによく立ち寄る場所だった。


店内へ入り、技術書の棚を見る。


映像機器。

スイッチャー。

信号系統。

新しく出版された実務書が並んでいる。


一冊を手に取る。


ページをめくる。

先日の現場で間違えた系統図と、よく似た図が載っていた。


「……覚えなきゃ。」


誰にも迷惑を掛けたくない。

次は失敗したくない。

その思いだけだった。

レジへ向かい、本を買う。

店を出ると、夕日がビルの隙間へ沈み始めていた。


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帰宅後。

買ったばかりの本を机へ置く。


ページを開く。

蛍光ペンを取り出す。

真面目に勉強しよう。

そう思った。


けれど、最初に頭へ浮かんだのは、配線図ではなかった。



「じゃあ、午後も頑張りましょう。」



昼間に交わした、たった一言。

さくらは小さく笑う。


「……頑張ろう。」


ようやく本を開き、静かにページをめくり始めた。

窓の外では、夕暮れの柔らかな光が部屋を照らしていた。

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