第15話 理解者
撤収を終え、会社へ戻る頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
現場独特の慌ただしさが嘘のように、車内は静かだった。
助手席では主任が翌日の予定を確認している。
後部座席では、機材ケースが揺れるたび、小さく金属音を立てていた。
さくらは窓の外を眺めていた。
流れていく街並みは、目に入っているはずなのに、ほとんど記憶に残らない。
頭の中では、昼間の出来事だけが繰り返されていた。
「「確認は"したつもり"じゃ駄目なんだ。」」
主任の声。
そのあとに続く、
「同じチームですから。」
「僕も確認できたはずです。」
さくやの声。
その二つだけが、不思議なくらい鮮明だった。
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会社へ戻ると、それぞれが機材を降ろし始めた。
「重いので気を付けてください。」
さくやが声を掛ける。
誰に対しても同じ口調だった。
照明スタッフにも。
音響スタッフにも。
営業にも。
「それ、持ちますよ。」
自然に手を伸ばす。
その姿を見て、主任が苦笑した。
「咲夜君。」
「はい?」
「君、自分の仕事増やしてるぞ。」
周囲が笑う。
さくやも照れくさそうに笑った。
「いや……見えてしまうと放っておけなくて。」
「昔からそうなんですよ。」
「損する性格だなぁ。」
誰かが言う。
「そうかもしれません。」
そう言って笑う。
本当に、それだけだった。
その光景を見ながら、さくらは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
昼間、自分を助けてくれた人。
でも、それは自分だけではなかった。
誰にでも、同じように手を差し伸べている。
その事実は、ちゃんと分かっている。
頭では。
ちゃんと。
分かっている。
「さくらさん。」
涼子がペットボトルのお茶を差し出した。
「今日暑かったですし。」
「主任、結構厳しかったですね。」
「でも、あれは主任なりに心配してるんですよ。」
「私も昔、何回も怒られました。」
そう言って笑う。
その笑顔は、いつもと変わらない。
「今でもたまに怒られますけど。」
「はは。」
さくらも少しだけ笑った。
「ありがとう。」
そう言った。
ちゃんと聞いている。
ちゃんと感謝もしている。
でも。
心のどこかで、昼間のあの一言だけが、何度も何度も思い返される。
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帰宅した夜。
シャワーを浴びても、疲れは取れなかった。
ベッドへ横になる。
部屋は静かだった。
天井を見上げる。
ふと、昼間の現場が浮かぶ。
もし、あの時。
さくやが来ていなかったら。
どうなっていただろう。
主任は一人で直しただろうか。
それとも、別の誰かが来ていただろうか。
考えても答えは出ない。
それでも、一つだけ確かなことがある。
あの瞬間。
自分は、一人ではなかった。
その事実が、今日一日の出来事の中で、一番心に残っていた。
スマートフォンが光る。
社内チャット。
明日の予定変更の連絡だった。
確認して画面を閉じる。
そのまま、何気なく勤務表のアプリを開く。
明日の担当を確認する。
自分の予定を見る。
その下に並ぶ名前へ、一瞬だけ目が留まる。
橘 咲夜
明日は別現場。
「……そっか。」
静かな部屋に、小さな声が落ちる。
画面を閉じる。
何もおかしなことはしていない。
業務予定を確認しただけ。
そう、自分に言い聞かせるようにスマートフォンを置く。
やがて部屋の明かりが消える。
眠りに落ちる直前、最後に浮かんだのは、主任の声でも、涼子の励ましでもなかった。
「同じチームですから。」
その一言だけが、暗闇の中で静かに残り続けていた。
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