第14話 叱責

ホール内に緊張が走る。

本番開始まで、あと十分。

各セクションで最終確認が始まっていた。


「映像、回線チェック入ります。」


主任の声がインカムから流れる。


「音声、準備OK。」


「照明OK。」


「映像、お願いします。」


さくらはチェックリストを手に、最後の確認を進める。


入力一系統。

正常。


入力二系統。

正常。


出力一系統。

──その時だった。



「……あれ?」


モニターの一台だけが真っ黒だった。

一瞬、頭が真っ白になる。


「ケーブル……?」


慌てて配線を見る。


接続されている。


電源も入っている。


「どうして……。」


指先が震える。


インカムから主任の声が飛ぶ。

「橘さん。」


「映像返し、一台出てない。」


「確認して!」


「はい!」


急いでモニター裏へ回る。


配線を追う。

そこで気付く。

昨日変更になった系統。


分配先が一か所だけ変わっていた。


旧系統のまま接続していた。



「……!」



血の気が引く。

主任が駆け寄ってくる。

配線を一目見て、状況を理解した。

その瞬間だった。


「橘さん!!!」


ホールに響くほど大きな声だった。

周囲のスタッフが一斉に振り向く。


「昨日、変更点を確認したよね?」


「……はい。」


「本番十分前だよ!」


「ここで止まったら、全体に影響が出る!」


「確認は"したつもり"じゃ駄目なんだ!」


強い口調だった。

怒鳴っているわけではない。


しかし、その一言一言が胸へ突き刺さる。


「……申し訳ありません。」


声が震える。


視界が少しだけ滲んだ。




その時。


「主任。」


さくやが走ってきた。


状況を見る。

配線を見る。


そして一言だけ言った。

「分配先、僕が戻します。」


すぐに工具を取り出し、配線を組み替える。


手は迷わない。


数十秒。


モニターへ映像が戻る。


「映像復帰!」


オペレーターの声が飛ぶ。


主任は画面を確認し、大きく息を吐いた。


「……よし。」


本番には間に合う。


ホール全体の空気が少しだけ緩む。


主任はさくらへ向き直る。


さっきまでより少しだけ落ち着いた声だった。

「橘さん。」


「はい……。」


「次からは、分からなかったら確認して。」


「時間がない現場ほど、一人で抱え込まない。」


「……はい。」


さくらは小さく頭を下げる。


その横で、さくやも工具を片付けながら口を開いた。

「主任。」


主任が振り向く。

「僕も昨日、新しい系統図を見ました。」


「気付けました。」


「ダブルチェックできたと思います。」


主任は少しだけ眉をひそめる。

「……いや。」


「咲夜君の責任じゃない。」


「でも。」


さくやは静かに首を振った。

「同じチームですから。」


「僕も確認できたはずです。」


数秒の沈黙。


主任は短く息を吐いた。


「……分かった。」


「二人とも、本番終わったらもう一度系統図を見直そう。」


「はい。」


「了解です。」


その会話で、この件は終わった。

誰も引きずらなかった。

本番は予定通り始まり、システムも最後まで正常に動き続けた。


________________________________________

撤収作業。


機材を片付けながら、涼子がさくらの隣へやって来る。

「さくらさん。」


「……はい。」


「今日は災難でしたね。」


さくらは苦笑いを浮かべる。


「本当に。」


「でも、大きな事故にならんで良かったです。」

「私も一年目の頃、似たようなことありましたよ。」

「その時は主任、もっと怖かったです。」


涼子は笑って肩をすくめる。

「今となっては笑い話ですけどね。」


「…だから。」

「今日は落ち込みすぎたらあきませんよ。」


その笑顔は、いつもと同じだった。

優しくて、飾らない。


さくらも、小さく笑う。

「……ありがとう。」


そう答えた。


けれど。


その言葉は、胸の奥までは届かなかった。


頭の中では、ずっと別の言葉が繰り返されていた。


「同じチームですから。」

「僕も確認できたはずです。」


その二つの言葉だけが、何度も、何度も心の中で静かに響き続けていた。

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