第11話 気づき
翌週。
朝礼を終えた部署には、いつもの慌ただしい時間が流れていた。
電話が鳴る。
プリンターが動く。
誰かが機材を運び、誰かが資料をめくる。
その中を、さくやが小走りで横切っていく。
「主任、このケーブル倉庫へ戻してきます。」
「頼む。」
「はい。」
返事をすると、そのまま廊下へ消えていった。
さくらは資料をまとめる手を止めることなく、その姿を視界の端で見送る。
ほんの数秒。
それだけだった。
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昼前。
コピー機の前で資料を印刷していると、後ろから声がした。
「お疲れさまです。」
「……あ。」
振り向くと、さくやが書類を抱えて立っていた。
「コピーですか?」
「うん。」
「じゃあ終わるまで待ってます。」
「すぐ終わるよ。」
「急ぎじゃないので。」
二人は並んでコピー機が動くのを眺める。
―ガシャン。
―ガシャン。
機械音だけが静かに響く。
「最近忙しいですね。」
さくやが言う。
「そうだね。」
「でも、この時期は毎年こんな感じだよ。」
「つらい?」
「少しだけ。」
「まだ分からないことも多いので。」
笑いながら答える。
コピーが終わる。
「はい。」
書類を受け取り、さくらは少しだけ笑った。
「じゃあ、お先に。」
「はい。」
それだけの会話だった。
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午後。
編集室では映像チェックが続いていた。
モニターに映る映像を確認しながら、細かな修正を進めていく。
「ここ、もう一回お願いします。」
オペレーターが声を掛ける。
「了解です。」
さくやが操作卓へ向かう。
その様子を見ながら、涼子がぽつりと笑った。
「咲夜さん、ほんま器用ですよね。」
「覚えるの早いし。」
近くにいた先輩社員も頷く。
「あいつは努力してるからな。」
「毎日最後まで残って復習してるし。」
「ほんまですか?」
「見えないところでよう頑張っとるよ。」
その会話を、さくらは静かに聞いていた。
知らなかった。
仕事ができるのは、才能だけじゃなかった。
誰にも見えないところで、ちゃんと努力していた。
ふと、先日の雨の日を思い出す。
自分の資料を一緒に確認してくれたこと。
現場で重い機材を持ってくれたこと。
コーヒーを淹れてくれたこと。
どれも特別な出来事ではない。
でも、その一つひとつが、さくやという人を形作っていた。
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定時を少し過ぎた頃。
部署の照明が一つ、また一つと消え始める。
さくらも帰る支度を済ませ、エレベーターへ向かった。
扉が開く。
「あ。」
中には、さくやが立っていた。
「お疲れさまです。」
「お疲れさま。」
二人きりのエレベーター。
特に会話はない。
一階へ着くまでの、ほんの短い時間。
扉が開く。
会社を出ると、夕焼けが街を淡く染めていた。
さくやは駅へ向かって歩いていく。
さくらも少し後ろを歩き始める。
同じ駅。
同じ方向。
それだけのこと。
途中、信号が赤になる。
二人は横断歩道の前で並んだ。
「今日はいい天気でしたね。」
さくやが空を見上げる。
「そうだね。」
「久しぶりに晴れました。」
「最近、雨ばっかりだったから。」
青信号に変わる。
「じゃあ、僕こっちなので。」
「お疲れさまでした。」
「お疲れさま。」
さくやは右へ。
さくらはまっすぐ。
歩く方向は違った。
少しだけ振り返る。
もう、さくやの姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。
さくらも前を向き、歩き出す。
その日の出来事は、それだけだった。
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