第10話 自然体
翌朝。
現場入りは午前七時だった。
まだ人通りの少ない搬入口には、機材を積んだ車が一台、また一台と到着していく。
「おはようございます。」
さくらが挨拶をすると、現場スタッフが一斉に振り返る。
「おはようございます。」
「今日もよろしくお願いします。」
挨拶を交わしながら、担当機材の確認を始める。
その時だった。
「さくらさん。」
振り向くと、さくやが立っていた。
「これ、重いですよね。」
「こっち持ちます。」
「え、大丈夫だよ。」
「半分だけでも。」
そう言うと、返事を待たず自然にケースの片側へ手を掛ける。
結局、二人で運ぶことになった。
「ありがとう。」
「いえ。」
それだけのやり取りだった。
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午前中の準備は順調に進んだ。
映像チェック。
ケーブル確認。
音声との回線チェック。
一つひとつの作業を確認しながら、時間通りに進行していく。
「咲夜くん。」
照明担当の女性スタッフが声を掛ける。
「このモニター、位置がちょっと高くない?」
「あ、そうですね。」
さくやはすぐに駆け寄り、高さを調整する。
「これくらいですか?」
「うん、ありがとう。」
「いえいえ。」
また別のスタッフが呼ぶ。
「咲夜くん、このケーブルどこ?」
「あっちのラックにあります。」
「持ってきますね。」
「助かる!」
現場のあちこちから、自然とさくやの名前が呼ばれる。
頼られている。
というより、
頼りやすい人だった。
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昼休憩。
搬入口の脇にある休憩スペースで、みんなが思い思いに昼食を広げていた。
「さくらさん!」
涼子が隣へ腰掛ける。
「今日のお弁当、おいしそうですね。」
「昨日の残り物だよ。」
「いやいや、その卵焼きめっちゃきれいですやん。」
「そう?」
「私なんか毎回ぐちゃぐちゃになりますもん。」
笑いながら箸を動かす。
その様子を見ていたさくやが、自分の水筒を手に立ち上がった。
「コーヒー淹れてきますけど、誰か飲みます?」
「私お願いします!」
涼子が真っ先に手を挙げる。
「俺も。」
音声担当の男性が続く。
「私もおねがいしていいかな?」
さくらもお願いをする。
「じゃあ三つですね。」
「はい。」
さくやは自分の水筒と紙コップを三つ持って給湯室へ向かっていった。
戻ってくると、一人ひとりにコーヒーを手渡していく。
「ありがとうございます!」
「助かる。」
誰に対しても同じ笑顔だった。
特別なことではない。
けれど、自然と「ありがとう」が集まる。
そんな人だった。
さくらは紙コップを受け取り、小さく微笑む。
「ありがとう。」
「熱いので気を付けてください。」
「うん。」
それだけの会話。
それだけなのに、温かいコーヒーがいつもより少しだけおいしく感じた。
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現場を終え、会社へ戻る頃には夕暮れが街を包んでいた。
機材を片付け、業務日報を入力する。
さくらも自分の席でパソコンへ向かっていた。
画面の右上には、翌週の現場予定が表示されている。
まだ確定ではない。
仮の配置表。
仕事柄、確認しておくのは当たり前だった。
さくらは何気なく一覧へ目を向ける。
自分の名前。
その少し下に、さくやの名前。
別の現場だった。
その文字を見つめる時間は、ほんの数秒。
すぐに画面を閉じ、日報の入力へ戻る。
「お疲れさまでした。」
どこからか聞こえた挨拶に、さくらも顔を上げる。
「お疲れさま。」
さくやが笑って手を振る。
さくらも、小さく手を振り返した。
それだけで、その日の仕事は終わった。
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