第43話 遠回り
その日、仕事が終わったのはいつもより少し遅かった。
さくらが会社を出ると、駅へ向かう人の流れができていた。
少し先に、見覚えのある背中がある。
さくやだった。
「……さ。」
声をかけようとして、やめた。
さくやは駅へ向かう大通りから外れ、一本裏の道へ入っていった。
さくらは足を止める。
そちらは駅へ向かう道ではない。
この間、マディーと話したことを思い出した。
――疲れたときは、よく一人で歩いてました。
帰る前に、わざと遠回りしたり。――
さくらは、その背中を見た。
しばらくして、さくやは角を曲がって見えなくなった。
「疲れてるのかな。」
そう呟いて、さくらは駅へ向かった。
その日は、それだけだった。
________________________________________
数日後。
また、同じような時間だった。
さくらが会社を出ると、少し前をさくやが歩いていた。
今日も駅とは違う方向へ向かっている。
さくらは立ち止まった。
数日前と同じように、大通りから外れていく。
「……また遠回りしてる。」
さくらは、少しだけ考えた。
そして、そのまま駅へ向かった。
マディーの言っていたことは、本当だった。
さくやは疲れると、一人で歩く。
それなら。
「今も、疲れているのかもしれない。」
そう思うと、少し心配になった。
________________________________________
さらに数日後。
三度目だった。
さくらは会社を出て、駅へ向かう。
すると、少し先にさくやがいた。
今日も同じだった。
大通りをそのまま進まず、途中で曲がる。
さくらは、今度はすぐには駅へ向かわなかった。
少し離れたところから、その背中を見る。
さくやは歩いている。
急いでいる様子はない。
時々、道の端にある店を眺めたり、信号が変わるのを待ったりしている。
その姿を見ていると、なぜか安心した。
「……やっぱり。」
さくらは小さく呟いた。
疲れている。
きっとそうだ。
マディーから聞いた話。
先輩たちから聞いた話。
そして、今、自分の目で見たこと。
全部が繋がった。
さくらは、少しだけ距離を取ったまま歩き始めた。
さくやがコンビニに入った。
さくらは、その向かい側で足を止めた。
店の中が見える位置だった。
少しして、さくやが出てくる。
飲み物を一本だけ手に持っていた。
さくらはまた歩き始めた。
さくやが前を歩く。
その距離は、十数メートルほど。
近すぎない。
声をかけるほどでもない。
ただ、同じ方向へ歩いているだけ。
さくらは、そう思っていた。
さくやが公園の横を通る。
そこでも少し立ち止まった。
ベンチに座ることもなく、ただ街灯の下で周囲を眺めている。
さくらは遠くからその姿を見た。
何を考えているのだろう。
疲れているのだろうか。
誰かに話を聞いてもらいたいと思っているのだろうか。
それとも――
一人になりたいのだろうか。
そう考えて、さくらは少しだけ足を止めた。
これ以上近づくのは、よくない。
そんな気がした。
だから、さくやが歩き出すのを確認してから、少し遅れて歩き始めた。
________________________________________
その夜。
さくらはノートを開いた。
新しく書くことは、ほとんどなかった。
ただ、今日見たことを思い返す。
遠回り。
一人で歩く。
コンビニ。
公園。
何度か繰り返すうちに、さくらの中ではもう偶然ではなくなっていた。
疲れているとき、さくやは一人で歩く。
それは、もう確かなことのように思えた。
そして、もう一つ。
以前なら気づかなかったことにも、気づけるようになっていた。
今日は、歩く速度が少し遅かった。
コンビニで買ったのは、いつもの飲み物だった。
公園では、いつもより長く立ち止まっていた。
さくらはそこまで考えてから、ふとペンを置いた。
自分でも少し驚いた。
どうして、こんなことまで覚えているのだろう。
けれど、嫌な気持ちはしなかった。
むしろ――
知っていることで、少し安心できた。
さくらはノートの端に、一言だけ書いた。
――遠くからでも、ちゃんと見ておく。――
それをしばらく眺めてから、ノートを閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます