第42話 昼下がり
それから数日後。
「橘さん。」
昼前、廊下で声を掛けられた。
振り返ると、マディーが立っていた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「今日、こちらで打ち合わせなんです。」
そう言って、手に持った資料を軽く持ち上げる。
「そうなんですね。」
「はい。」
マディーは少し笑った。
「そういえば、この辺って、お昼ご飯を食べるところ詳しいですか?」
「え?」
「私、まだこの辺あまり分からなくて。」
「もしよかったら、ランチでもどうですか?」
「私でよければ。」
「よかった。」
マディーが嬉しそうに笑った。
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会社から少し歩いたところにある、小さなカフェ。
昼時ということもあって、店内はほどよく混んでいた。
二人で向かい合って座る。
仕事のこと。
最近忙しいこと。
この辺りの店のこと。
休日の過ごし方。
話題は自然に変わっていった。
「営業って大変そうですね。」
「大変ですよ。」
マディーは笑った。
「でも、人と話すのは好きなので。」
「向いてそうです。」
「よく言われます。」
二人で笑う。
思っていたより、ずっと話しやすい人だった。
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食事も終わりかけた頃。
マディーが水を一口飲んだ。
「そういえば。」
「はい?」
「さくや、今の部署ではどんな感じですか?」
その名前が出る。
「真面目ですし、仕事もちゃんとしています。」
マディーが笑った。
「彼らしいですね。」
「昔も、そんな感じだったんですか?」
「はい。」
マディーは少し考える。
「頼まれたら断れないし、困ってる人がいたら放っておけないし。」
「今もそうですよ。」
「やっぱり。」
マディーは少し嬉しそうに笑った。
「変わってないんだ。」
その言葉を聞いて、さくらも笑った。
「でも……」
マディーが少しだけ視線を落とした。
「あの頃は、ちょっと無理してたと思います。」
「仕事ですか?」
「仕事もですけど……特に人付き合いかな。」
「人付き合い……。」
「優しい人って、頼られるじゃないですか。」
「はい。」
「でも、頼られるたびにちゃんと応えようとすると、本人も疲れちゃうんですよね。」
さくらは黙って聞いていた。
昨日、主任や同僚から聞いた話が頭に浮かぶ。
システム開発部にいた頃のさくや。
仕事を抱え込む。
頼まれると断れない。
そして、人付き合いも多かった。
「……今も、そうですよ。」
さくらが言った。
マディーは少しだけ笑った。
「そうなんだ。」
「だから、あまり無理させない方がいいかもしれませんね。」
冗談めいた言い方だった。
「そうですね。」
二人で笑う。
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少しして、マディーがふと思い出したように言った。
「そういえば、疲れたときはよく一人で歩いてましたよ。」
「歩く?」
「はい。帰る前に、わざと遠回りしたり。」
「どうしてですか?」
「たぶん、一人になりたかったんじゃないですかね。」
マディーは笑った。
「昔から、そういう時間を大事にする人だったので。」
さくらは少し考えた。
「……そうなんですね。」
「はい。」
そして、マディーは何でもないことのように続けた。
「でも、別に心配しなくても大丈夫ですよ。」
「え?」
「私が言うのも変ですけど。」
マディーが笑う。
「もう昔のことですから。」
さくらは黙った。
マディーは何かに気づき少しだけ肩をすくめる。
「…三年も経ってますし。今さらどうこうしたいとか、そういうのは全然ないですよ。」
「……そうなんですね。」
「はい。」
マディーは笑った。
「今は、元気に仕事してるなら、それでいいかなって思ってます。」
「だから、咲良さんもあまり気にしなくて大丈夫です。」
「……分かりました。」
その言葉を聞いて、さくらも笑った。
マディーはもう、さくやを取り戻したいわけではない。
それが分かったことに、少しだけ安心した。
昼休憩が終わりに近づいてきたので2人は会計を済ませた。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
「またこの辺に来たとき、ランチしましょう。」
「はい。」
「今度は私が店を探します。」
「楽しみにしてます。」
「じゃあ、また。」
「はい。」
マディーは笑って、駅の方向へ歩いていった。
さくらは、その背中を少しだけ見送った。
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帰宅後。
さくらはノートを開いた。
今日聞いたことを、短く書き足す。
『疲れたときは、一人で歩く。』
そして、その下に少し考えてから、
『人付き合いに疲れることがある。』
と書いた。
主任や同僚から聞いた話。
マディーから聞いた話。
別々の人から聞いたはずなのに、同じところへ繋がっていた。
さくやは昔から、人に優しかった。
その優しさのせいで、疲れることもあった。
さくらはノートを見つめる。
そして、小さく呟いた。
「……無理させないようにしないと。」
ノートを閉じた。
知っていることが、また一つ増えた。
それだけなのに、
さくらは少し安心していた。
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