第7話

 スマホも財布も持たないまま、街灯もまばらな夜道を歩く。どうせ誰もいないんだ。

 しゃくり上げながら、涙が止まらなかった。


 二回目のキスは、苦しいだけのものになった。

 もしかしたら私は一生、幸せなキスを知らないままなのかも。……ふとそう思って、全部光が悪いと決めつけたくなる。


「ただ一緒にいてくれるだけでいいのに……」


 釣りに行ったり、花火をしたり、カレーを作ったり。

 どんな些細なことも、光となら最高に楽しかったあの頃に戻りたい。


「……はぁ」


 重い息を吐き、空を見上げた。

 都会では見られないくらい星が散りばめられている。


 おじいちゃんには物好きだと言われるけど、私はここが好きだ。光との思い出があちこちに残っているから。

 五年間の未練は私を縛りつけている。でも、光自身はそんなこと知らないのだろう。


 エンジン音が近づいてくる。

 向けられたライトの眩しさに目を細める。


「あら? 千鳥ちゃんじゃない」


 車の窓を開け、顔を覗かせたのは伯母さんだった。


「えっ、こんなところでどうしたの?」

「……散歩です」

「いくら慣れてるからって危ないわよ~。乗りなさい。忘れ物を取りに行こうとしてたから送るわ」


 断れる雰囲気ではなかった。

 まだ帰りたい気分じゃない。


「伯母さん」


 後部座席に乗り込みながら私は言う。


「やっぱり私も温泉に行こうかな。……男だらけでつまんないんだ」

「そうしなさい。あなたは女の子なんだから、こっちに来たほうが絶対に楽しいわよ!」


 その言葉に口角だけを上げてみせた。 直視したくない現実から目を背けるように、私は静かに瞼を閉じた。


 *   *   *


 誰にも行先を告げず、温泉宿で待つ母たちと合流した。


「千鳥ちゃんはいい人、いないの?」

「……いないです」


 伯母さんも母もやっぱり飲んべえで、宿のテーブルの上には空になった徳利が並んでいた。

 ヒロちゃんの婚約者であるアユミさんもイケる口らしく、頬を赤く染めながら二人に付き合っていた。


「営業に来る人とか、常連のおばあちゃんたちが紹介してくれるみたいだけど、この子ったらすぐに断るの。カブトムシ育ててる場合じゃないのにね」


 母の小言が耳に痛い。

 目を背けた先にも、光の顔ばかり浮かんでしまう。


「千鳥ちゃんはちょっと変わってるからね。どんな人なら受け入れられるのかしらね」


 伯母さんも容赦がない。

 なんで人の恋愛に口を挟みたがるんだろう……。


「恋人とか結婚とか……どうでもいいよ。たぶん、私には向いてないから」

「若いのに諦めるのが早すぎよ。近頃はそういう子が多いのかしら? 千鳥ちゃんのお母さんだって、孫の顔は見たいと思うけど」


 伯母さんの言葉に母は笑った。


「ヒロキくんの子どもと一緒に遊ばせたいわね。昔の千鳥たちみたいに」

「でしょう~。男の子同士とかいいわよね」

「私は女の子がいいかな~。千鳥が男の子みたいだったから、孫にはお人形とかで遊んでほしい」


 勝手に未来が作られていく。

 私は、知らない誰かと結婚なんてしたくない。


「そういえば、昼間に光くんとも同じような話をしたんだけど」


 母が徳利を傾けた。

 なみなみと注がれたお猪口に目を向ける。

 零れそうなのに零れず、水面がゆらゆらと揺れている。


「光くんも一生結婚する気はないって言ってたわ。もったいないわね、優しそうなのに」


 思わず顔を上げそうになる。


「そうなの? 最近の子って分からないわね~」

「私たちの頃なんてさ……」


 アユミさんが、私に視線を向けた。

 苦笑いを浮かべていて、その気まずさが伝わってくる。息を軽く吐いてから私は笑顔を作った。


「もういいじゃない。どうせなら楽しい話をしようよ」


 今夜は私も飲むことにした。

 そうしないと寝付けない気がした。


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