第5話

 五年前の夏、おばあちゃんが買ってくれた波千鳥の風鈴は、今日も縁側で鳴っている。


「学生たちはもう夏休みか」


 甲子園の出場校の特集を見ながら、おじいちゃんと二人で素麺を啜る。


「もうすぐばあさんの一周忌だ。今回はみんな集まれるといいが……」

「お葬式の時は酷い台風で、みんな集まれなかったもんね」


 あれは残念だった。

  遠方から来るはずだった親戚は交通手段を断たれ、お別れをしたくても来られなかった。

 結局、お葬式は近くに住む親族だけで済ませてしまった。


「久しぶりに孫たちも揃うだろう」

「どうだろう。おじさんたちだけかもよ」


 それぞれ忙しいだろうから、断られたって仕方がない。


「素直じゃねぇな」

「え?」

「会いたいと思うのは変じゃないだろう。誰も来なくて寂しいって五月蝿かった。あの頃のこと、じいちゃんは忘れてないんだからな」

「それって中学生の時だよ……」

「変わんねぇだろ。俺から見たら、あの頃のままだ」


 お箸を置く。

 私はちっとも変わってないのかな。

 そよ風が吹いて、ちりんと音が聞こえてくる。私は静かに目を閉じた。


 *   *   *


 一周忌の前日。

 段々と各地から親戚が集まってきた。


「運ぶものある?」


 お茶の準備をしていると、ヒロちゃんが台所を覗きにやって来た。こうして会うのは八年ぶりくらいかな?

 見た目はすっかり社会人らしくなっていた。短く整えられた髪など清潔感がある。


「えっと、冷蔵庫の中にゼリーとケーキを冷やしてるから、人数分を運んでもらおうかな」

「了解」


 氷を入れたコップに麦茶を注ぎながら、冷蔵庫を覗く背中に声をかける。


「結婚おめでとう。婚約者の人、美人でびっくりした」

「ん? 当たり前だろう、俺は美女にモテるからな」

「ヒロちゃん、その発言はイキってて格好悪いから調子に乗らないほうがいいよ」

「し、辛辣……。久しぶりに会ったのに」


 おじいちゃんに紹介すると言って、ヒロちゃんは婚約者とやって来た。少し話しただけで癒やされるような、可愛らしい人だった。

 こんな顔もできるんだという柔らかな表情で、ヒロちゃんは彼女のことを惚気だす。


「結婚式が楽しみだね」


 とても幸せそうだった。その笑顔を見られただけで、再会できて良かったと思えた。


「そういえば、光はいつ来るんだ?」


 不意打ちの質問に、胸がギュッと掴まれた気分だった。


「えっと……」

「連絡来てない? 当日に来る気かな。ちょっと本人に聞いてみるか」


 スマホを操作し始めた、ヒロちゃん。


「光と連絡取ってるの?」

「うん。あいつの大学が俺の会社から近くて、たまに飲みに行ったりしてる。不思議だよな、昔は遠くに住んでいて夏休みにしか会わなかったのに」

「……そうなんだ」


 二人は、変わらずに付き合いがあったんだ。

 それどころか昔よりも距離が近くなってるような気がした。


「今夜はみんなでゆっくり飲めるかなと思ったんだけどなー」

「遊びに来たんじゃないよ。ヒロちゃんまで飲んべえになってる……」

「血筋だろうな」


 冗談っぽく話しているけど、私の頭の中は光のことでいっぱいだった。


*   *   *


 何度も夢を見た。


 ただただ楽しかった小学生時代の夏休み。

 光とヒロちゃんと夜更かしして怒られて、肝試しに出かけようとして山中が怖くてすぐに引き返した。


 一人で過ごすことが増えた中学時代の夏休み。

 昔の写真を眺めては、大きくなるって退屈だと思った。

 光がいればここで笑ったかな。一緒にやりたかったな。

 そんなことばかり考えていた。


 そして夢の最後はいつも、あの日の記憶で終わる。


「魔が差した」


 私にキスをして、離れていく光で終わる。

 ほんの一瞬触れただけなのに、私は何十回も光とキスをしているような錯覚に陥っていた。


 セットしていたアラームを止めて、身支度のために顔を洗いに行く。

 途中にある台所では、おじいちゃんがみんなのために朝食の準備をしていて、味噌汁の匂いに食欲が刺激された。


「おっ、千鳥。もう起きたのか」

「おはよう、おじいちゃん」

「ちょっと新聞を取りに行ってくれないか」

「いいよ。戻ってきたら手伝うね」


 外の郵便受けまで、サンダルを引っ掛けて向かう。

 見上げた空は朝焼けが綺麗だった。

 その時、エンジンの音が聞こえてきた。こんな朝早くから、誰だろう?


 店舗の駐車場に一台の大型バイクが停まる。エンジンが低く唸り、やがて静かに止まる。

 フルフェイスのヘルメットは顔が見えない。

 でも、若い男であることは一目瞭然で――そんなの、一人しかいない。


 心臓が暴れ出したみたいにうるさい。足が動かない。

 新聞を持つ手に、知らないうちに力が入っていた。


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